第18話 八方塞がりの男と、急かす王子

パクッと、食べてしまったお菓子は、舌の上で解けるように溶けていく。

絹のような滑らかな舌触りと甘い甘い香りと味。フォリアは目を輝かせて、落ちてしまいそうな頬を両手で支える。


「どう、気に入ってくれた?」

「なんて滑らかなの、口の中いっぱいに広がる甘さが、溶けていくのが勿体ない」

「あ、は……、フォリアさんは面白いね」


お菓子が口の中で消えちゃうのが勿体ないなんて、聞いたことないよと、ラーハルドは本当に可笑しくて笑い出してしまう。


「……だって、すぐに無くなってしまったから」


放り込まれたお菓子は、本当に溶けてなくなってしまったのだ。もっと味わっていたかったと、フォリアはすぐに溶けてしまうお菓子をじっと見つめる。

山のように積んであるそれは、指で摘まめるほどの大きさで、茶色くて、様々な形と模様があった。


「チョコレイトというお菓子で、とある人から貰ったんだ」

「チョコレイト?」

「オーフィリアでは、まだ知られていないお菓子かな」


ラーハルドは別の国の食べ物なんだと説明した。おそらく時がたてば、オーフィリア国にも流れてくるだろうとは思ったが、今これを食べられるのは、ここにあるだけだから、みんなには内緒だと、ラーハルドはフォリアに口止めをする。

とっても貴重なものをどうして私なんかに? フォリアは不思議に思いラーハルドを見る。

ラーハルド王子とは初対面だし、どこかでお会いしたこともない。名前を知っていたのは、きっとエミーリアが侍女として傍に置いていたからだとは思うけど、接点なんか何もない。


「なぜ、私に?」


何か目的でもあるのかと、フォリアはそう問いかける。


「秘密」

「秘密って?」

「僕が話してみたかったんだ」


ただそれだけだよって、ラーハルドは目的も、罠もないと話す。ここで疑われたら、もうお茶に誘えなくなるかもしれないと、ラーハルドは優しく微笑んで、フォリアに安心感を持たせる。


「一人じゃ全部食べ切れないし、残ったら捨てちゃうけど、どうする?」


ラーハルドは、何とかフォリアに食べて欲しくて、罠を張る。捨ててしまうと言えば、きっと食べてくれる、そう考えた。


「捨てるなんて」

「これは秘密のお菓子だからね、処分しないと」

「……勿体ない」


器に詰められたチョコレイトを見つめて、フォリアは穴が開くほど見る。それから意を決したように、フォリアはそっと手を伸ばす。


「本当によいのですか?」


あと少しでチョコレイトに届く距離で手を止めたフォリアが、ラーハルドに許可を求める。もちろんフォリアのためにルーが用意したものだ、食べてもらえるなら喜んでと、ラーハルドはにっこりと笑うと、


「お好きなだけどうぞ」


そう促した。






この日以来、エミーリアや他の従者の目をかいくぐって、ラーハルド王子が時々私をお茶に誘ってくれた。

本が好きだと話したら、おススメの本を持ってきてくださったのだけど、それは私が何度も何度も読んだ本で、二人でここが良かったとか、この場面は悲しかったとか、すごく盛り上がっちゃって、距離が一気に縮まった気がした。

それに、お茶菓子だと言って、いつもすごく美味しいお菓子を用意してくれる。

ラーハルドは、ルーから物凄く美味しそうに食べると聞いていたが、フォリアは本当に幸せそうに食べるのだと、初めて知る。その笑顔はまるで太陽みたいで、心が温かくなると感じた。

と、同時にルーは何をしているのかと、ため息も零れる。

ずっと何かを考え込んではいるが、納得のいく策が思いつかず、かなり苦悩しているみたいだった。

その上、ルーとして会うことはできず、同じ城内にいてもルーは陰から見ることしかできないと、もどかしさを苛立ちに変えることもあった。


「正直、羨ましい」


うっかり本音が口を出る。


「仕方ないでしょう、ルーとして会うことは出来ないんだから」

「分かっている。だが、俺もフォリアと菓子が食べたい」


城内で仕事をしているときは、笑顔などない。ラーハルドが秘密裏にお茶に誘えば、よく笑ってくれると話すが、覗き見ることは叶わない。しかもエミーリアに嫌味を言われていても、助けることもできない。姿も見せられず、声もかけられず、影からみることしかできない状態に、嫌気がさしていた。


「で、何か思いついた?」


フォリアをここから救う方法は見つかった? と、ラーハルドが口にすれば、ルーは肩を落として凹む。


「何も浮かばず、八方塞がりだ」

「時間がないよ」

「ああ、あの女が王妃になる前になんとかするつもりではいる」

「誘拐しても、僕は咎めないよ」


ラーハルドは、どうにもならなければ、最終手段としてそれも構わないと口にした。ルーならば、それは事件にはならないだろうと、それも視野に入れてよと助言した。

それを聞き、ルーは険しい表情を見せたが、どうにも打つ手が見つからなかった場合、少々強引ではあるが、それしかないとどこかで考えていた。






その裏では、エミーリアが着々とエリオットと仲を深め、代々王妃に贈られてきたとされる『女神の涙』と呼ばれる宝石を贈ったと、城内はその話でいっぱいになった。


「なんて美しいのかしら」


光に透かせば、虹のような輝きを見せる宝石は、なんとも神秘的な光を纏う。それに、女神の涙を贈ったと言うことは、エリオットがエミーリアを王妃として迎え入れることを正式に決めた証。

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