第17話 王子の接近

1日後、私はエミーリアが言った通り城へと呼ばれた。

もちろんエミーリアの侍女の一人として。

表向きは、可哀想な義姉を家に一人残すなんて出来ないと、優しい義妹を演じている。しかも何をやってもダメだから、私が側に置いてあげるのよ、なんて言い出し、周りからは、なんて優しいのだろうと言われていた。

城の生活になれるのにそう時間はかからなかった。けれどエミーリアの嫌がらせはここでも続いていて、周りを欺きながら、私を利用して、優しい義妹を演出し、周囲から次期王妃様はとてもお美しくて、お優しいと評判まで作り上げていった。


「フォリアさん」


唐突に声を掛けられ、私が振り向けば、そこにはラーハルド王子が立っていた。


「道を塞いでしまい、大変申し訳ありません」


床掃除をしていたので、ラーハルド王子の邪魔になったのかもしれないと、私は慌てて道を開ける。


「違う、違う。お茶でもどうかなって、誘いに来たの」


にっこりと笑ったラーハルド王子は、いきなりとんでもないことを言いだした。私とお茶? つまり使用人とお茶などありえないと、私はブンブンと首を振る。


「ご冗談はおやめください」

「本気だよ」

「へ……」


思わず変な声が出てしまい、慌てて手で口を塞ぐ。そしたら、ラーハルド王子は床のバケツを持ち上げて、私の手を引っ張ってどこかへ連れて行く。


「バケツなど私がっ」


そんな汚いものを持たないでくださいと、必死の私とは裏腹にラーハルド王子は楽しそうに腕を引く。

連れてこられたのは、どこかの一室。

部屋の中にはすでにお茶が用意されており、椅子も二つ。


「座って」


バケツを入り口に置いたラーハルド王子は、モップをそこらへんに置いて椅子に座るように促す。

当然そんなこと出来るはずがない。


「私、仕事がありますから」


モップを握りしめて、こんなところ誰かに見られたらと、怖くなる。

使用人ごときがラーハルド王子と一緒にいるなど、許されない。早く早くと私はドアに手をかけて部屋を出ようとしたのに、


「待って」


と、ラーハルド王子が私の手を掴んだ。


「も、申し訳ありません」


ラーハルド王子に触れるなど、処罰される。びっくりしたのと同時に、私は手を引き、深く頭を下げる。


「エミーリアなら、今日は街へ出ているから大丈夫だよ」

「え、それは……」

「僕は君と話がしたいんだ」


なぜエミーリアのことなんか、と、私は少し驚いた顔をしてラーハルド王子を見れば、「少しでいいんだ」とお願いされた。

王子の頼みを断ることも出来ない。


「少しだけでしたら」


私は罰を受けるよりいいと、ラーハルド王子に誘われるまま椅子に腰掛けたけど、こんな汚れた服では綺麗な椅子を汚してしまうと、少しだけ乗ることにした。

椅子に座ってくれたフォリアを見て、ラーハルドは少しだけ息を吐き出す。


(逃げられなくて、良かった)


と。






それは、数日前の出来事。


「ルー、僕も協力するよ」


フォリアを救う手助けを手伝うと、ラーハルドはルーに告げた。


「本当か?!」

「僕にできることなんか、小さいけどね」

「いや、ラーハルドが手を貸してくれるのは、心強い」


エミーリアによって、城に招かれるフォリアが、ここで嫌がらせを受けないはずがないと考え、ラーハルドは出来る限りそれを阻止すると決めた。

城内なら、身動きの取れないルーよりも、ラーハルドの方が断然有利なのだ。

王子という立場を使い、フォリアを少しでも守りたいと願う。


「エミーリアが王妃に就けば、状況は悪くなる」

「ああ、分かってるつもりだ」


早く解決策を見出すと、ルーは険しい表情を浮かべる。


「ところで、ルーにお願いがあるんだけど」


早急に手を打たなければと、あれこれ悩みだしたルーに、ラーハルドがそう切り出した。


「俺に務まるのか?」


その願いは、叶えられる範囲かと問う。


「ルーじゃないと、叶えられないよ」

「話してみろ」


叶えられるなら望みならば、友のために力を惜しまないとルーが言えば、表情を固くして、ラーハルドから真剣な眼差しを受けた。



『          』



背筋を伸ばして、真っ直ぐに向けられたその願いと、深く頭を下げたラーハルドに、ルーもまた真剣な表情を作り、


「その願い、このルーカスが引き受けた」


と、本名をなのりラーハルドに約束した。






そんなやり取りがあり、ラーハルドはエミーリアの目の届かないところでは、なるべくフォリアを休ませてあげようと思ったのだ。

ルーから食物に弱いと聞いていたので、大量のお菓子を用意したけど、この状況でどうしたら食べてくれるかな? って、悩んでしまう。


「良かったら、食べてくれないかな?」


ずっと俯いたままのフォリアに声をかければ、突然顔を上げて両手を振る。


「できません!」

(すごく、美味しそうだけど)


「せっかく用意したんだけどなぁ」


「わ、私が口にするようなものではありません!」

(本当は、食べたい! ものすごく食べたい)


お菓子に惑わされてはいけないと、フォリアは目を閉じて拒否する。

その姿がなんだかすごく可愛くて、ラーハルドはお菓子を一つ手に取ると、フォリアの口元に運ぶ。


「これは命令。口開けて」


目を閉じてしまったフォリアに、王子の名を利用して命令すれば、ゆっくりと口が開かれて、ラーハルドはポンっとお菓子を放り込んだ。

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