第16話 神様からの贈り物

「……お嬢様」


とても悲しい顔をしたセシルが、庭に立っていた。


「セシル、私……」


もう何もかも考えたくないと、私はセシルに飛びついた。


「お嬢様、ああ、お嬢様」

「家が、私の家が……」

「今朝エミーリアより解雇と言われました」


セシルは、エミーリアから屋敷を処分するから、好きなところへ行きなさいと言われたと話す。


「え……」


セシルがいなくなってしまう。そう思ったら、涙がまた溢れてきた。


「お嬢様の傍にいたかった」


ギュッと抱きしめて、セシルが声を震わせる。

フォリアの傍でずっと働いていたかったと、離れたくないとセシルの身体が震える。


「私もよ、セシルと離れたくない」

「ええ、お傍にいたいです」


それが叶わないと分かっていても、二人は離れたくないのだと強く抱き合う。

どうしてこんなことになってしまったのか、セシルにお世話し続けて欲しかった、フォリアお嬢様に仕えていたかった。ただそれだけなのに、願いは叶わず、離れ離れにされるなんて、神様なんてどこにもいないのだと、二人は止まらない涙を流し続ける。


「お父様の思い出が、消えてしまう」


楽しかった、優しかった、みんなの思い出が壊される。


「つまみ食いをしていたお嬢様の姿、今でも思い出しますね」

「あれは味見なんだから」

「ええ、分かっていますよ」


娘に甘かった父親は、つまみ食いを味見だと皆に話し、決して食い意地がはってるわけではないと、弁解していたことを思い出す。

皆、どちらでも良かったのだが、フォリアは味見と言いながらよくキッチンに姿を見せていた。美味しいものは美味しい、不味いものは不味いとはっきりと言うフォリアを、皆が可愛がった。

本当に温かくて、毎日が楽しかった。

そんな思い出が身勝手な叔母たちに壊される。許したくはないけど、どうすることもできないのが現状で、フォリアとセシルはせめて思い出の品くらいは、持ち出そうと決めた。

そんな二人に、一人の男が近づいていた。


「少しお話を聞いていただいても構いませんか?」


悲しみに暮れる二人に、優しく声を掛けた人物は、背の高い男だった。

私とセシルは「誰?」と男を見ていたら、一枚の紙を手渡される。


「アルバーノ家の権利書になります」


そう言われて、私の顔から一気に血の気が引く。もう誰かに売ったっていうの?!


「どうぞ、拝見してください」


にこやかに微笑むその男は、私に権利書を手渡して、内容を確認するように促す。

見たくない、屋敷を購入した人の名前なんか、と、目を瞑ってしまったけど、これはもう決まったことだと、私はゆっくりと目を開いて、今度は大きく目を見開いた。

だって、そこに書かれていたのは、



『フォリア=アルバーノ』



の名前だったから。


「どうして、私の名前が……」

「生前、伯爵さまには大変お世話になりまして」


男は軽く会釈をすると、これはその時のお礼ですと、その権利書を私に譲ると言い出した。


「あなたは一体?」

「ただのお金持ちです」


冗談を含ませて、男は優しく笑う。けど、こんな高価なものいただけないと、私は権利書をギュッと掴む。


(これがあれば、この家は守られる、……だけど、知らない人から受け取るなんて)


どうしたらいいの? と、悩む私に男は、さらに嬉しいことを言いだす。


「フォリアさんが留守中は、そちらのセシルさんに住んでいただきます」

「わ、私が?!」


当然驚いたのはセシル。一体全体どうなっているの? これは夢なの?


「留守の間にお屋敷が埃まみれになるといけませんので、セシルさんに掃除をお願いしたいのです」


そう言いながら、男はセシルに賃金もちゃんと払うと言う。

そして、「引き受けていただけますね」と、少々強引にセシルに迫った男は、賃金を提示してセシルをもっと驚かせた。


「こんなにっ」


提示された賃金は現在の倍だった。屋敷に住んで掃除をするだけで、こんなにいただくなんてできないと、セシルは賃金はいらないと男に言った。


「困りましたね、それでは私の気が収まらない」

「……今と同じなら」


引き受けていただかないと困ると言った男に、セシルは伯爵様から貰っていた金額と同額ならと、口にした。すると男はセシルの手をとり、


「引き受けていただけるのですね。いや、本当に助かります」


何がどう助かるのかは不明だったが、男はとても嬉しそうにセシルの手を握る。

そして、私の方を向いた男は、軽く会釈をしてからまた微笑む。

悪い笑顔じゃないけど、なんだか少し怖いと思いながらも、男を見つめる。


「それでは私はこれで」


まだ受け取るなんて言ってないのに、男は権利書を預けて帰ろうとする。


「ま、待って」

「何か不明な事でも?」

「こんなの、受け取れないわ」


欲しい、喉から手が出るほど欲しいのは確かだけど、見たこともない人から貰っていいモノじゃないと、ちゃんと分かっている。


「申し訳ありませんが、それはもうあなたのものです」


返品は受け付けないと、男は鋭く目を細めて権利書を押し返してきた。


「けどっ」

「私の用件は以上になります。先を急ぎますので」

「ちょっと待って!」


男はそういうと、待機させてあった馬車に乗り込んでどこかへ行ってしまった。

名前も聞いてないし、権利書はどうするのって、ただただ去っていく馬車を眺めた。


「お嬢様、これは神様がくれたのです」


握り締めた権利書を覗き込んだセシルは、きっと神様がフォリアを救ってくれたのだと、喜んでくれたけど、なんだか怖かった。

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