第15話 愛されたい男の援助

◆◆◆

月が真上に移動した深夜、ラーハルドの部屋の窓を叩く音がして、ルーが目を覚ます。もちろんラーハルドも同じく目を覚ました。


「入れ」


短く命令すれば、静かに窓が開き、アイシャが姿を見せた。


「このような時刻に、申し訳ありません」


床に膝をつき、アイシャは夜遅くに姿を見せたことを謝罪する。


「構わない、何かあったのか?」

「はい、実は……」


そう切り出したアイシャは、アルバーノ家で起こったできごとルーに報告する。

一通り話し終えるころには、ルーとラーハルドの顔は怒りに満ちていた。


「アイシャさん、それでフォリアさんは?」


怪我をしたと聞かされ、ラーハルドが声をかければ、アイシャは、応急処置はしてきたから心配はないと言う。

それを聞き、ひとまず安心できたが、ルーは自分の知らないところで、とんでもないことが起きていたと、唇を噛み締める。

まさかフォリアの義妹がエリオットの妃になるなどと。


「ごめんルー、僕も知らなかったよ」


兄であるエリオットとは、母親が違うため、どうしても馴染めなくて、ほとんど関わっていないと話し、むしろ苦手なのだと白状する。

オーフィリア国には4人の王妃がいる。一人目の王妃は男の子を生むことができず、二人目が生んだ男の子は体が弱く6歳を迎える前に亡くなってしまった。それで、三人目でようやくエリオットが生まれた。しかし、二人目は無理だと医者に言われ、四人目の王妃を迎え入れ、第一王子に何かあったときの保険としてラーハルドを生ませたのだ。

そして、四人目の王妃は、ラーハルドを生んで間もなく亡くなってしまったため、ラーハルドは母を知らない。

エリオットに興味などなく、妃を探しているとは知っていても、ラーハルドには関係なく、まったく干渉していなかったと、眉を下げた。


「ラーハルド、お前のせいじゃない」


知らなかったのは自分も同じで、まったくの盲点だったとルーは窓の外に視線を向ける。

あのエミーリアとかいう女が王妃などという立場になれば、フォリアはもっとひどい仕打ちを受けるだろうと、ルーは爪が喰い込むほど手を握る。

王妃に逆らうことなど、出来るはずがないと。

物々しい空気の中で、アイシャが突然両手を床につき、深く深くルーに頭を下げる。


「顔を見られてしまいました」


フォリアを助けるために、エミーリアに顔を見られたと、アイシャは失態を犯したことへ謝罪を述べる。


「そうか……」

「如何なる罰も受ける所存です」


陰として動くことを命じられているのに、顔を見られるなどあってはならない失態だと、アイシャは首を跳ねても構わないと口にする。

だが、ルーは意外な言葉を口にした。


「好都合だ」


エミーリアに顔を見られたことは、都合がいいと、なぜか口角を緩める。ルーの意図は分からないが、アイシャは許しを得て再度頭を下げると、


「如何なさいますか?」


ルーに指示を仰ぐ。


「アルバーノ家を買い取れ」

「値はいかほどに?」

「言い値の倍だ。足りなければそれ以上でも構わない」

「承知いたしました」


命令が下され、アイシャが窓から姿を消す。フォリアの大切なものを奪われてなるものかと、ルーは屋敷およびその敷地全てを買い取ることを決める。

夜風が冷たく部屋に入り込み、ルーはそっと窓を閉めるととこに戻る。


「ルー、正体を明かしたらどう?」


こうなったら、フォリアを奪うしかないとラーハルドが言うが、ルーは険しい表情をしたまま深く考え込むように、口を開く。


「明かしたところで、フォリアに気持ちがなければ、状況はさらに悪化する」

「それは……」

「この国にいられなくなれば、フォリアを守ってやることが出来なくなる」


今はラーハルドの友人として自由に行動出来ているが、正体を明かせば、皆が態度を変え、監視され、最悪国に戻される。それだけは避けたいと、ルーは時が来るまではどうしても明かせないのだと奥歯を噛み締める。


「ルーの命令なら、フォリアさんだって」

「俺は愛されたいんだ」


権力で縛りつけた愛など欲しくないと、ルーは苦笑する。フォリアはそんな場所で笑ってはくれない、幸せにはなれないと、分かっているから。


「どうするの?」


このままじゃ、フォリアは城に招かれ、エミーリアに今までと同じように虐げられる。しかもエミーリアが王妃になってしまえば、容易に手を出せなくなるだろうと、ラーハルドが心配する。


「何か方法があるはずだ、しばらく考えさせてくれ」


フォリアを救う方法……、ルーは、何かよい手法はないかと頭を悩ませた。






◆◆◆

エミーリアが荷物をまとめて出て行ったのは、翌日だった。

私に怪我をさせたことを後ろめたく思ったのか、逃げるように出て行ったみたいだった。

誰もいなくなった屋敷の屋根裏で目を覚ました私は、いつの間にか手当されていた腕をみて、目を細める。


「誰……?」


エミーリア以外には誰もいなかったはずの家で、誰かが手当てしてくれた。綺麗に巻かれた包帯を眺めながら、私は考えることをやめた。

昨日言われた屋敷を処分するという言葉が、ずっと頭から離れないから。

気力なんてなかった。それでも最後に思い出をかき集めたくて、フラフラと立ち上がれば、全部が温かく感じた。


「……お父様」


視界が歪んで何も見えなくなって、私はその場に蹲る。床にできた染みで、泣いていると分かっても、涙を止めることは出来ない。

私は涙で滲んだ視界のまま、屋敷の中を歩く。

お父様の部屋、みんなでご飯を食べたキッチン、たくさんの本が詰め込まれた書斎。どれもこれも大切な私の宝物であり、思い出たち。

どうして失わなければならないの! 全部、全部私のモノなのに。

アルバーノ家は私の家。叔母にもエミーリアにも奪う権利なんてないのに、と、どうすることもできない感情だけが渦巻く。

そんな涙の向こうに、セシルの姿を見つけ、私は慌てて外へと飛び出した。

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