第14話 自由を求めた自害

◆◆◆

「どうして……」


朝から城に招かれていたエミーリアが戻ってきたのは夜。

叔母は手続きがあるから、城に泊ると言われ、今夜は戻ってこないと知らされた。


「私は王妃になるのよ、当然だわ」


屋敷に戻ってくるなり、エミーリアはエリオット王子の妻になることが決定したと、舞うように浮かれながら、アルバーノ家の屋敷を処分すると言った。

2、3日中には荷物をまとめて屋敷を出て行くと。

父との思い出がたくさんたくさん詰まった、私の宝物が無くなる。私の住む場所まで無くなってしまう。


「この家だけは残してっ」


私は屋敷だけは手放したくないとエミーリアに言えば、なぜか不敵に笑みを返される。


「そんなに心配しなくていいのよ、義姉様も城に行くんですから」

「――っ、なん、で」

「エリオット王子に義姉様のことをお話したら、ぜひ私の侍女にとおしゃってくれたの」


なんてお優しい方なのでしょうと、うっとりと話すエミーリアが悪魔に見えた。

エミーリアがもし城に行けば、私は自由になれると思っていた。それなのに、この関係が終わることがないと知ったとき、私の全身から血の気が引いた。

一生、エミーリアの元で奴隷のように生きていくのだろうかと考えただけで、地獄だった。

震える膝が体重を支えられなくなり、私は膝から床に崩れる。


「嬉しくて腰でも抜かしたのかしら?」


床に座り込んでしまった私に、エミーリアが嫌味な声をかける。エリオット王子は結婚と同時に、即位すると聞いた。よってエミーリアは近く王妃になる。つまり私に拒否権などなく、言われるままに全てを支配される。

王妃にたてつけるわけないのだから。


「いや……」

「これは王妃命令よ」


まだ王妃ではないエミーリアは、すでに王妃気取りで私に命令を下す。王妃となるべくして、しかるべき教育があり、式はしばらく執り行われることはないが、王妃はエミーリアで確定してしまった。

それは認めざる得ない事実だ。

屋敷も思い出も奪われて、私の自由さえも奪われる。焦点が合わないくらい絶望し、涙さえ出てこない。

けど、屋敷だけは、父が残してくれたこの宝物は絶対に手放せないと、私はエミーリアのドレスの裾を掴む。


「なによ」


突然ドレスを掴まれたエミーリアが上ずった声をあげる。


「お願い、この家だけは潰さないで」

「城で暮らすのだから、必要ないわ」

「お願いよ、なんでもするから、この家だけ……はッ」


必死にドレスを掴んで私は懇願する。いつの間にか溢れ出ていた涙など気にも留めずに。


「汚い手で触らないでっ」


ドレスを引っ張って、エミーリアが私の手から引き離そうとするけど、破れるほどの力で掴んで離さない、いや、離すことなんかできない。

私が命をかけても守りたいものだから。


「私の宝物を奪わないでッ!」

「離しなさいって言ってるでしょう」


どうしても離さない私の顔を靴で踏みつけて、エミーリアが必死に引き離そうとする。


「お願いです! 家だけは、家だけは残してください」


どんなふうに見られてもいいと、私は床に額を押しつけて懇願する。どんなに踏まれても、叩かれてもいい、屋敷を処分するなんて言わないでと。


「しつこいのよッ、こんな家、ゴミも同然でしょう」

「私にとっては、宝物なの、……だからお願い、します」


城に行ってしまえば、この家に住む者はいなくなる。けど、失うことなんかできない。



『私の可愛いフォリア、この部屋はね、風のように爽やかな香りがするんだよ』


『見てごらん、今年も綺麗に咲いただろう。フォリアはオレンジが好きだったね』


『今日はどの本を読んであげようか』



優しかった父の声が屋敷中から響く。



『お嬢様、またつまみ食いをしましたね』


『フォリアお嬢様、おやつは何を作りましょうか?』


『たまには旦那様を誘って、外で食事をしましょう』



昔の懐かしくて楽しい声が耳を覆う。

全部全部消えてしまうなんて、嫌だと、私はエミーリアにしがみつく。


「ドレスが破れてしまうじゃない!」

「エミーリア、お願いよ」

「残さないって言ってるでしょうッ」


その汚い手を放してと、エミーリアは机に手を伸ばす。



ガッシャ~ン



「い、ッ――、っ」


エミーリアは机にあった花瓶を、私の腕に叩き落した。腕に当たって床に落ちた花瓶が物凄い音を立てる。

落とされた花瓶の破片で、腕が切れていくつも血が溢れてきたけど、痛みなんかほとんど感じなかった。

それよりも思い出が無くなる方がショックだったから。


「あ、あなたがいけないのよ。離さないから」


流れる血を見て、エミーリアが怯えたように声を出す。ドレスを離さない私が悪いのだと。けれど、その言葉は私の耳には届いておらず、私は呆然と割れた花瓶の破片を眺めていた。

鋭利に尖るガラスの破片は、綺麗にそしてとても冷たく輝いて見えた。



(これで喉を切れば、私は自由になれるの?)



何も考えられなかった。

私は無意識に花瓶の破片を拾い上げると、自分の喉元目掛けて突き刺す。


「いけません!」


誰かの声がしたような気がしたけど、意識が遠のいてそのまますべてが闇に閉ざされた。

そしてエミーリアは、突然現れた人影に目を見開き、


「だ、誰……」


と、怯えた声を出して後ろに下がったが、次の瞬間にはフォリア同様に、意識を奪われていた。

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