第13話 好きだから、もう会わない
胸中に押しつけるように抱きしめられる身体が熱い。痩せていると思ったルーの身体は、とても強くて、逞しかった。
「俺のために、泣かなくていい」
壊れモノに触れるように髪を撫でるルーの優しさと温かさが、すごくすごく嬉しかった。
どうしよう、私……、ルーが好き。
ふわりと浮かんだ感情に、棘が刺さる。使用人であるルーと結婚なんかしたら、ルーの主様に迷惑がかかる。叔母とエミーリアなら、ルーの主様に何かするに決まってる。
ルーの大切な主様に迷惑なんて、困らせることなんかできない。
叔母とエミーリアを良く知っているからこそ、優しいと話してくれたルーの主様を苦しめるようなことだけはしたくない。
それにルーにだって迷惑がかかる。好きになってはいけないと、私はグッと気持ちを抑え込む。
ルーには幸せになってほしい。そう願った。
だから、
「ここへは、もう来ないで」
突き放した。
抱きしめられていた腕を振りほどいて、私はルーと向き合う。
「どうしてだ」
「エミーリアは、何をするか分からないの」
まさかルーを殺そうとするなんてと、声が詰まる。もしも見つかれば、今度こそ殺されてしまうと、私はルーの服を掴む。
これ以上私に関わってはいけない、好きな人には幸せになってほしい、だからっ。
「お願いよルー。もう私に会いに来ないでっ!」
(やだ、会いたい。ルーと一緒に居たい)
本音が心を締めつける。けれど危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「……フォリア」
「約束して、二度と来ないって」
「断る」
必死に願ったら、ルーは即答でそれを拒否した。こんな目に遭わされたのに、どうしてと私は掴む服をもっと強く握る。
「どうしてよ、あなたを守りたいのっ」
服を強く強く握り締めて、泣き叫ぶ。
「心配ない」
「お願いよ、あなたを失いたくない……」
溢れる涙も嗚咽も止まらない。服を掴む手にルーの手が重なる。
これ以上優しくしないで……、私はルーを忘れなければいけない。
「あなたの生きている世界で、生きていたいの……、分かってよ」
大切な人のいない世界で生きていくのは、父が亡くなったあの一度きりで十分なのだと、もう苦しめないで、私は崩れる体を支えられないまま、地面に崩れ去った。
「……」
「アアァ――ッ」
誰かを失うのはもう嫌だと、私は恥もなく悲鳴のような声を出して泣き崩れた。
どのくらい泣いていたのだろう、ルーが腰を落として、私の頬をそっと包んでくれた。
「分かった、もう来ない」
それでいいのか? 柔らかく微笑んだルーが約束してくれた。
心臓が押しつぶされそうだった。自分で来ないでと言ったのに、会えないと思った瞬間、心臓が壊れていく音がした気がした。
でも、これで良かったんだと、こうするしかなかったと、自分を言い聞かせる。
「……いままで、ありがとう」
楽しかったし、美味しかったよって、精いっぱいの笑顔を作る。
そうすれば、ルーも笑顔を見せてくれた。最後くらい笑ってさよならしたいと。
互いに、いつかどこかで会えたら楽しいねって、笑いあい、私たちは穴から抜け出す方法を探すことにした。
「フォリア、俺の肩に乗ってくれ」
唐突にルーがそれを口にする。
「わ、私がルーの肩に?!」
「フォリアを持ち上げたら、届くかもしれない」
「確かに……」
二人で上を見上げて、肩車したら届くかもと希望を見出す。
私が先に抜け出して、縄梯子を持ってくるとルーに言って、私は靴を脱いでルーの肩に足を乗せる。
「……重く、ない」
女の子だもん、体重を気にするのは当然でしょう。そしたらルーが上を見上げてニヤリと笑った。
「白かぁ~」
「ちょっと、何見てるのよ! 変態!」
スカートの中を覗かれて、私は慌ててスカートを抑えるが、バランスが崩れて倒れそうになり、壁に手をつく。
「落とすぞ」
いきなり暴れるなとルーが注意するけど、女の子のスカートの中を覗くなんて信じられないと、私は頬を膨らませる。
「上、向かないで!」
「分かったよ。怪我でもしたら大変だしな」
バランスを崩して倒れたりしたら、確実に怪我をすると、ルーは大人しく下を向く。
思った通り、肩車をしたら穴の淵に手が届いて私はなんとか這い出ることが出来、急いで縄梯子を持ってくる。
二人とも無事に脱出すると、ひとまず大きく息を吐き出す。
「助かったな」
「ええ、なんとか」
朝までこんなところにいたら、絶対に体調を崩す。二人は最後に固く握手をして、
「さよなら、ルー」
(私の好きだった人)
「フォリアも元気で」
(俺は諦めない)
涙の別れなんてしたくないと、思いっきり笑って別れた。
それから絶望の底に落とされたのは、二日後だった。
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