第12話 男を始末する義妹の冷酷さ

「そんなに食べ物が欲しいのかしら?」


山林から聞こえてきた声に、私は耳を立てる。

遠くて近い場所で聞こえた声に、私は気づかれないようにそっと近づくと、そこにはエミーリアと知らない男たちが二人立っていた。

しかもエミーリアの目の前には、大きな穴が掘られており、三人の視線はその穴に注がれていた。


「どういうつもりだ」


穴の中から聞き覚えのある声が聞こえ、心臓が飛び出しそうになった。

間違いない、ルーの声だ。


「汚い鼠を駆除するのよ」

「鼠だ、と」

「薄汚い鼠がいるなんて知られたら、私の幸せが台無しだわ」


エリオット王子との結婚は邪魔させないと、エミーリアは冷たくルーを見下ろす。


「お前の方が王家を蝕む害虫だろう」

「言葉を慎みなさい! ただの乞食のくせに」


ルーに害虫呼ばわりされ、エミーリアは足をダンッと鳴らすと怒りを露にする。


「人を見た目でしか判断できないなんて、愚者だな」


穴の底から上を見上げたルーの前髪が少しだけ透けて、深紅の瞳が見え隠れした。その深い赤に、エミーリアはゾクリと背中を震わせ、一瞬動きを止めた。


「醜いのはお前の方だ」


あきらかにルーの方が、地位が低いのに、ルーは怯むことなくエミーリアを侮辱する。私はこれ以上怒らせないで、と声にならない声でルーに願う。


「私を侮辱して、ただで済むと思って!」

「俺を乞食呼ばわりした報いは必ず受けてもらう」

「あは、片腹痛いですわ。乞食ではなくてなんだというの」


そんな身なりで、アルバーノ家の裏庭から侵入して、物乞いなんかしていた者が乞食じゃなくてなんだというのかと、エミーリアが高らかに笑う。

エミーリアからは、フォリアがルーに食べ物を与えているように見えた、だから乞食で間違いなと決めつける。

卑しく、汚らわしく、姿もみすぼらしいルーが、物乞いではない証拠などどこにもないと、エミーリアは見下す。


「俺は、……」


ルーはそこまで言って、頑なに口を閉じた。ここで怒りに任せて正体を明かすことはできないと、ギリギリのところで思いとどまった。


「あら、言えないのかしら?」


鼻で笑うように、エミーリアはやはり乞食で間違いないでしょうと、ルーを煽る。

反論できない。エミーリアの挑発にのって、余計なことは口にできない。まだ正体を明かす時ではないと、歯を食いしばる。

二人の会話を聞いていた私は、胸が締めつけられ、潰されそうで苦しくなる。

ルーはきっと主の名前を出せば、主様に被害が及ぶと察して黙ったのだと思った。

使用人だと言えば、エミーリアは必ずルーの主人を探す。そして何かしらの嫌がらせをするに違いない、だからルーは何も言えない。私は優しいルーだからこそ、絶対に名前を出さないだろうと知る。


「目障りなのよ。消えて」


エミーリアは黙ってしまったルーを余所に、傍に居た男たちに命令を下す。

そうすれば、男たちは手にしていたスコップで、ルーに土をかけ始めた。


「う、ァッ……貴様」

「乞食の一人くらい消えたって、誰も困らないわ」


悪魔のように笑ったエミーリアは、ルーを生き埋めにしようとしたのだ。

ルーが殺される! そう思った私は夢中で駆けだしていた。


「やめてッ!」


突然飛び出してきた私に、エミーリアは驚いた表情を見せたけど、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「こんなところで奇遇ね、義姉様」

「何をしているの?!」

「鼠を片付けていたのよ」


平然とルーを生き埋めにしていると言われ、私の顔は怒りに満ちる。


「こんなの、人殺しじゃない!」


怒鳴り声をあげれば、エミーリアが少しだけ近づく。少しだけ困った顔をしながら。


「あら義姉様にはあれが人に見えるのかしら? 大変だわ、幻覚が見えるなんて」


なんて可哀想なの。と、薄く笑いながら言い、ハンカチで口元を覆う。

エミーリアは何を言っているのかと、私は治まらない怒りのまま、穴に落とされているルーに手を伸ばす。


「ルー、掴まって」

「助かる」


必死に手を伸ばせば、ルーが私の手を掴んでくれた。


「――ッ、きゃあぁぁ~」

「フォリア!」


ルーが掴んだ瞬間だった、エミーリアが私を尖った靴で踏みつけ、そして穴に蹴り落とした。


「義姉様、なんてことなの。まさか穴に落ちてしまうなんて」


自分が落としたくせに、エミーリアは笑いを隠すようにハンカチで口元を覆いながら、助けを呼んできますと、白々しく台詞を吐き出した。

そして、ゆっくりとしゃがみ込んだエミーリアは、小さく


「明日まで反省すればいいわ」


と、吐き捨てて男たちと一緒にどこかへ行ってしまった。

ひとまずルーを助けることは出来たけど、穴からは出られそうもなくて、私はどうしようと上を見上げる。


「フォリア、ありがとう」


脱出方法が見つからなくて困っていたら、突然お礼を言われた。

久しぶりに聞いたルーの声。なんだかすごく安心した。


「よかった、……無事でよかった」


ルーがここにいる、死ななくてよかったと、声が震える。


「俺は大丈夫だから、泣かないでほしい」


ルーにそう言われて、自分が泣いていることに気づいた。どんなに酷い仕打ちにも耐えてきたのに、涙が止まらない。


「ごめん、……なさい、ごめんなさい」

「どうして謝る」

「私なんかに会いに来たから、……だからこんなことに」


殺されるところだったと、罪悪感が押し寄せる。私のせい、そう、ルーが殺されかけたのは、全部私のせいなの。


「フォリアのせいじゃない」

「……ぇ、?」


謝罪しても許されることじゃないと、唇を噛み締めたら、ルーに抱きしめられた。

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