第11話 謎の男の恋心
ズキズキと疼き出した腕を抱えラーハルドに診せれば、赤く腫れて、ところどころ青紫色に変色していた。
物に触れると痛みの衝撃が走り、折れているのではないかと悟る。
「その場で首を刎ねても良かったんじゃない」
腕を見たラーハルドは、冷たくそう言い放つ。確かにあの場に誰かいたとすれば、マリッサの首は飛んでいたかもしれないと、苦笑さえでる。
「簡単に死なれては困る」
「けど、君にこんなことしたなんて知られたら、即刻死刑でしょう」
それについて否とはいえず、ルーはとりあえず「黙っててくれ」とラーハルドに口止めをお願いする。
少し呆れた様子のラーハルドだったが、ルーの腕に両手を翳すとゆっくりと瞳を閉じる。
『世界樹の涙よ、この者に癒しを与え給え――“風花の雫”』
風に乗せるような柔らかな言葉とともに、ラーハルドの両手から淡い光が溢れ、ルーの腕を優しく包み込む。
すると、青紫だった肌が元の色を取り戻し、痛みも消え失せた。
「いつ見ても、奇跡だな」
すっかり元に戻った腕を振り回して、ルーは今の光景は奇跡だと褒める。そう、ラーハルドは古代に失われたとされる魔力を持ち合わせていた。
とはいえ、軽症の傷を治す程度の魔法しか使えない。それに、このことはルー、イルデ、アイシャしか知らない極秘の秘密。
誰かに利用されるのは許せないと、ラーハルドは親しかったルーにだけ打ち明けていた。ルーだけは絶対に誰にも言わないと、絶対的な信頼をしているからだ。
「褒めるのはいいけど、顔、見られたんじゃないの?」
叔母というマリッサに近づいた、その時に顔を見られたんじゃないかと、ラーハルドは正体がバレてしまったのでは心配する。
ところが、ルーはなぜかニヤリと口角をあげた。
「それはないな」
「その自信はどこからくるの?」
「お前の父親も、エリオットでさえ俺に気づかないのに、気づくと思うか?」
確かに、父である国王は変装していたとはいえ、ルーに全く気付かなかった。友人を城に置きたいと紹介したときも、眉一つ動かさなかった。幼い頃に会ったか会わないかの人物をそうそう覚えているもはずもないかと、ラーハルドにとっては都合が良かったけど。
「それでも、行動には気を付けてよ。僕がルーのお父さんに叱られちゃうよ」
怒られるのは苦手なんだと、ラーハルドは肩を落とすが、ルーは軽く肩を叩くと「大丈夫だ、俺の父は寛大だ」と、満面の笑みを作った。
全然安心できないと、ラーハルドの口からため息が漏れたが、それ以上に気になっていることがあり、以前質問した言葉を再度ルーに投げかける。
「ねえルー。前に恋した? って聞いたの覚えてる?」
「ああ、そういえばそんなこと聞いたな」
「同じ質問してもいい?」
「ん?」
急になんだと、ルーは変な顔でラーハルドを見る。ラーハルドはゆっくりとベッドに腰かけると、ルーに視線を合わせる。
「みすぼらしい服に袖を通して、綺麗な髪にゴミや埃までつけて、毎日必死に食べ物を吟味して、フォリアさんに会いに行くのって、本当に助けたいからだけ?」
何かの間違いがない限り、ルーほどの者がそこまでする必要があるのか? そう尋ねた。
それにかなり通い詰めている、そろそろいい人を紹介しても大丈夫なんじゃないかと、ラーハルドは口にした。
「そ、それは……」
指摘を受けたルーは、ふと本来の目的を思い出す。そうだ自分の手の届くところに置くと決めたはずだと。だが実際は、毎日会いに行くのが楽しみになって、どんな食べ物を持っていったら喜んでくれるだろうかと、毎日考えていたことを思い出す。
「その上、庇って怪我までするなんて」
自分の立場を分かっているのか、そう責めるように言われる。
「それはだな……」
「行動だけみれば、ただの変人だよ」
「痛いところをつくな」
「正論だけど」
結局のところ、どうなのと、ラーハルドに睨まれたら考えざるを得ない。
ルーは、自分の心と向き合うため、そっと瞳を閉じた。
俺が会いに行くのは『会いたいから』、食べ物を持っていくのは『あの笑顔がみたいから』、咄嗟に庇ってしまったのは『守りたいと思ったから』
ならば答えはなんだ? 俺はフォリアの傍に居たい、のか? 毎日見ても飽きなかった、むしろ会いたかった。そう、会いたいんだ。
そこまで考えたとき、ルーは自分の本心に気づいてしまった。
いつしかフォリアを好きになってしまっていたのだと。
「参ったなぁ」
軽く頭を抱えて、俺としたことが、『結婚は当分しない』そう言って家を出てきたことを後悔する。その上、『25歳までは独身でいる』そう啖呵を切った手前、数か月で相手を作るなんて、少し恥ずかしいと、顔まで赤くなる。
ラーハルドの友人ということで、ここでは同年代で通してあるが、ルーの実年齢は22歳だ。
「そうだね、身分がそぐわない」
参ったと口にしたルーに、ラーハルドは令嬢の地位では叶わない恋だろうと、同情するが、ルーは首を左右に振る。
「いや、そんなことはどうでもいいが、……羞恥の刑に晒されそうだ」
「は、……い?」
「穴があったら入りたいとは、よく言ったものだ」
落胆のため息を吐き出したルーは、そのまま大人しくなってしまった。
あれから数日経っても、ルーは姿を見せなかった。
足の怪我は、青あざにはなったが、少し引きずる程度で歩くことは出来たので、仕事に支障がでなくて良かったと、内心ほっとした。
痛みで歩けなかったら、仕事が出来なかったら、もっとひどい仕打ちを受けていたかもしれない、そう思うと怪我が軽傷で良かったと心から喜んだ。
庭に出るたび、ゴミを捨てに行くとき、どうしてもルーを探してしまうのは、ほとんど癖。
また叔母に見つかれば、何をされるか分からない。本当は来てほしくないのに、会いたいなんて、馬鹿だなって笑ってしまう。
きっとルーの主様なら、怪我を治療してくださる。だって、すごく優しいんだとルーが話してくれたから。
「どうか、ルーの怪我が早く治りますように」
両手を組んで、私は祈ることしかできないと空を見上げた。
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