第10話 策が失敗し、義妹は不敵に微笑む

縋ってしまう、助けてと涙とともに口を出そうになり、私は必死に口を閉じる。ルーに迷惑をかけるわけにはいかない。私の逃げる場所はどこにもない。と、俯いて顔を伏せた。

巻き込んではいけない。助けを求めてはいけない。ルーをこんな酷い目に遭わせるわけにはいかない。


「……痛むか」


黙り込んでしまった私の顔を覗き込むように、ルーの優しい声が届く。


(優しくしないで……)


ルーを巻き込みたくない。傷つけたくない。私は、使用人という同じ立場のルーに何かあったらと、胸が苦しくなる。


「誰だか知らないけど、いきなり現れて、邪魔をするんじゃないよ」



ド、ガッ



鈍い音がした。


「――ッ」


それからルーの苦痛な声が聞こえて、私は慌てて顔をあげて息を飲んだ。

叔母が、捨てた棒を拾い上げてルーに向かって振り下ろしたんだ。咄嗟に腕を振り上げて防御したルーだったが、防御した腕に叔母の振り上げた棒が直撃し、激痛に顔を歪める。

もろに食らった腕の痛みが酷い。


「どこの乞食か知らないけど、勝手にアルバーノ家に侵入して、ただじゃおかないよ」


顔を真っ赤にした叔母は、もう一度棒を振り上げてルーを叩こうとしたから、


「やめてください!」


痛みも忘れて、私はルーをかばうように両手を広げて立ちはだかった。


「薄汚いその男を庇うのかい?」

「この人はゴミを集めに来た人です」


咄嗟に出た嘘は、ルーを守るため。


「何を言ってるんだい、ゴミの回収日は明日だろう」

「この人はよく間違えるんです」


必死だった。守らないと、巻き込んではいけないと、ルーを逃がさないと、ただただ必死だった。

それを聞いた叔母の顔色が少し青くなったような気がした。ゴミを集めに来ただけの者を叩いてしまったことへの罪悪感なのか、それまでは分からなかったけど、叔母は棒を投げ捨てると後ろを向く。


「アルバーノ家に、勝手に侵入した曲者と勘違いしただけよ」


わざとじゃないと、自分の行動は正当行為だと言い捨てて、叔母は屋敷に帰っていった。

叔母の姿が見えなくなると、私はすぐにルーに振り向く。


「大丈夫!?」


思いっきり叩かれた腕は大丈夫なのかと、声を掛けたら、ルーは腕を抑えたまま微笑んでくれた。


「これくらいなんてことない」

「でも早く診てもらったほうがいいわ」

「フォリアはどうするんだ」


自分よりも私の心配をしてれるルー。そんな優しいルーに心配なんか掛けられない。私はいつもみたいに笑って見せる。


「大丈夫よ、こんなの慣れてるから」


だから早く医者にと、ルーを主様の元に返さないといけないと、気持ちが焦る。ルーに何かあったらと思ったら、すごくすごく怖くなった。

それなのに、ルーが全然動かないから、私は無理やり立たせると背中を押す。


「何してるの! 早く行って」

「しかし……」

「叔母が戻ってきたら、困るわ」


だから早く逃げてと、背中を何度も押せば、ルーはしぶしぶ歩き出す。


「必ずまた来る。だから待ってろ」


歩き出したルーは振り返ると、そう言って走っていった。

その後ろ姿が見えなくなると、私はようやくほっとした。それと同時に「また来る」なんて優しい気遣いまでしてもらって、本当に嬉しかった。

ルーに会いたい、会ってはいけないのに、その言葉を信じてしまう。私は全身に走る痛みを抱えながらも、優しさに包まれた。






◆◆◆

「あの男……、目障りね」


叔母とフォリアを遠くから見ていたエミーリアは、仕掛けた罠がルーによって阻まれたことに苛立ちが収まらない。

ルーが、ゴミを集めに来た者でないことは分かっていた。

母マリッサは騙せても、私の目は誤魔化せないとエミーリアは、キリキリと歯を鳴らす。

乞食みたいなあの男を見つけてから、ほぼ毎日出入りしていることを把握していたエミーリアは、フォリアを守ったルーが邪魔だと確信し、二人を引き離すことを計画する。


「乞食なんか引き込んで、私の品格を蹴落とすなんて、許さないから」


妃に選ばれるのは間違いなく私だと、エミーリアは邪魔者を早く排除しなければと、部屋に戻る。


「薄汚い鼠には、消えてもらいましょうか」


エリオット王子と結婚して妃となるには、邪魔過ぎると、エミーリアは不敵な笑みを浮かべて、ペンを走らせた。






◆◆◆

アルバーノ家よりかなり離れた場所まで逃げてきたルーの前に、イルデが姿を見せる。


「申し訳ありませんでしたッ」


片膝を地面につけ、イルデはルーに深々と頭をさげる。


「いや、いい。お前が出てこなくて良かったと、むしろ安心した」

「しかし、お怪我を」

「気にするな」


あそこでイルデが出てきたら、事はややこしくなり、最悪正体がバレてしまうと、ルーはイルデに罰は与えないと言う。

それでも主君に怪我を負わせてしまったことへの罪は深く、イルデは顔をあげない。


「ラーハルドに診てもらう、それでいいだろう」


落ちてしまったイルデにそう伝えれば、ようやく顔をあげる。


「承知いたしました」

「ところで、アイシャはどうした?」


もう一人の姿がみえず、ルーが問えばイルデは再度軽く頭を下げる。


「差し出がましいとは思いましたが、フォリア様にお付けしてあります」


何かあればすぐに報告があがるようにしてあると、イルデが言えばルーは微笑む。


「さすがは俺の従者、感謝する」

「もったいないお言葉です」

「引き続き、頼む」

「意のままに」


短い会話を交わして、イルデはまた姿を消す。


「アルバーノ伯爵、さぞ胸が痛むだろう」


貴殿の一人娘があのような状況下に置かれるなど知らぬまま、亡くなってしまったと、ルーは悲し気に目を伏せる。

フォリアの母は、幼き頃に亡くなったと記されていたため、伯爵は一人で大切に育ててきたのだと知ると、現状がどうしても許せない。

ルーは、握りこぶしを作ると、救ってあげなければいけないと心を決めた。

それから、城に戻ってラーハルドに怪我を見てもらわなければいけないと、ルーは急いで城へと向かった。

この怪我が他の誰かに知られるのは非常にマズイと、ルーは腕を隠し、裏口からこっそりと城内へと戻った。

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