第8話 密会が義妹に見つかる

普通、名前を先に聞くだろうとは思ったが、そこも面白いと男は必死に笑いを堪えながら口を開く。


「ルーだ」

「私はフォリアよ」


互いに名前を言い、二度目の再会にしてやっと自分の名前を知ってもらえたと、ルーは内心で笑いが止まらない。食欲旺盛な令嬢など、見たことがなく、食べることなら人の手からでも食べる。


(本当に面白いな)


と。






それからというもの、ルーは頻繁にアルバーノ家に、食べ物を持って足を運んでいた。

もちろん、毎回行き倒れて。


「もう、なんでいつも死にそうなのよ」


毎回水を汲むフォリアは、ルーに水を飲ませながら、どうしていつもこうなのかと、呆れた声を出す。


「ここまで来るのに、体力を消耗しすぎるんだ」


ルーは、毎度道に迷ってここまで来るから、大変なんだと説明するが、ちゃんと辿り着けていることが奇跡なんじゃないかと思う。

実際のところ、ルーはアルバーノ家の住人に見つからないように、フォリアが出てくるまで草むらに潜んでいるため、倒れているのが都合がよい。地面に伏せていれば、目立つことはない。フォリアが近くに来たら声をあげればいい、だからわざと倒れていた。

フォリアが屋敷を出てくる時間は、だいたい把握していたから。




数日も通えば、フォリアと親しくもなったし、美味しそうに食べる姿も楽しみになっていた。


「今日は、リソルを持ってきた」

「リソルって?」


聞いたことのない名前を出され、私は興味津々で身を乗り出す。だって、ルーってば、いつもいつもすごく美味しいものを持ってきてくれるの。

主様のご厚意だって分かっているけど、つい楽しみにしちゃう。いつかちゃんとルーの主様にお礼しないとね。


「俺の国では定番のお菓子だ」

「お菓子なの?!」


甘いものだと言われて、心が跳ねる。お菓子なんかもうずっと食べていなかったから、涎まで出そうになる。


「中にプラムが入っている」


そう言いながらルーが紙袋から取り出せば、小さなパイのような形をしていた。中にフルーツが入っているなんて、聞いただけで口が開いてしまう。

手渡されたパイからは、香ばしい香りが漂い、私はすぐに口に運ぶ。

サクッとした表面と、中に入っているプラムの酸味と甘みが口の中を満たす。またまた幸せの味。

ハムハムと夢中で食べていたから全然分からなかったけど、ルーはいつも私の食べる姿をじっと見ていた。しかも優しく微笑みながら。


「……いな」


小さく呟いたルーの声は聞き取れなかったけど、きっと『美味しいか?』と聞かれたのかと思って、ただ頷いてみたけど、ルーは口元を手で覆って顔を赤くしていたようにも見えた。


(俺は今、可愛いと口にしたのか?)


まさかそんな言葉が口を出るとは思わず、ルーは慌てて口を塞ぐように手で覆い隠したのだが、フォリアの口元にパイの食べカスがいっぱいつくのを見て、やっぱり『可愛いだろう』って、頭痛までしてきた。

令嬢とは思えない振る舞いや行動。フォリアは本当に自由に育てられたのだろうと、両親の優しさを感じ取った。


「俺の分も食べるか?」


いつも二人分くらい平気で食べるから、ルーはついそう口にする。すると、フォリアがリソルを手にとり差し出してきた。


「今日はダメ。ルーも食べて」


いつも譲ってもらってばかりで、私もルーが食べるところがみたいと口元に運べば、ルーは困ったように頬を赤くする。


「……」(食べさせるつもりなのか……)

「ほら、口開けて。すごく美味しいから」

「あ、ああ」


お菓子を口元に宛がわれ、ルーは恥ずかしそうに口を開く。まさか女性に食べさせてもらう日が来るとは思ってもみず、パクッと食べれば、いつもよりもはるかに甘い味がした。


「すごく美味しいでしょう」


フォリアは楽しそうに顔を覗き込んできたが、その笑顔が恥ずかしくて、ルーは思わず視線を反らす。


「美味いな」

「でしょう。主様にごちそう様でしたって、絶対伝えてね」


念を押して言うフォリアだったが、差し出されたお菓子をもう一口食べたルーは、「言っておく」と小さく返事を返していた。






そんな二人の光景を、屋敷の窓から見ていた者がいた。

エミーリアだ。


「誰?」


目を細めてよく見ても、フォリアの隣にいる者が分からない。

しかも、その男と楽しそうに笑っていて、とても嬉しそうに見え、腹の虫が疼き出す。


「あの汚い男、一体どこから入ったというの」


薄汚い服で、髪もぐしゃぐしゃで、どこからどうみても乞食こじきにしか見えず、エミーリアはグッと足を踏む。

あんなみすぼらしい男が、アルバーノ家に出入りしてるなんて世間に知れたら恥で、王家に知れたら、妃候補から外されると、腹立たしさはどんどん増す。

それに、フォリアが楽しそうにしているのが許せない。

支配しているのはエミーリアであって、フォリアが笑うのが面白くなかった。


「薄汚い男なんか連れ込んで、私の縁談が消滅したら、絶対許さないわ」


鋭く目を光らせたエミーリアは、そう言いながらも、ふと笑みを浮かべた。


「けど、義姉様には、よくお似合いだわ」


みすぼらしい乞食のような男は、フォリアによく似合っていると鼻で笑う。

そして、汚いあの男をなんとかしなければと、苦虫も噛み砕く。

汚らわしい男がアルバーノ家に住んでいるなんて変な噂でも広まったら、エリオット王子の妃候補から外されてしまう。それだけは絶対に許さないと、エミーリアは、二人を氷のように冷たい視線で睨んだ。

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