第6話 方向音痴な訳あり男

それでも困ったなぁ、と口にする人を放ってはおけず、


「案内しますよ」


大通りまで連れて行ってあげると言えば、男は嬉しそうに笑う。


「それは助かる。ぜひお願いするよ」


パンパンと服についた砂埃を叩いて立ち上がった男は、なぜか私を凝視したまま止まった。


「その服は……」


自分よりもみすぼらしい、ボロボロの服をみて、男が口にするから、ちょっと恥ずかしくなったけど、使用人の下層ならこれくらいなんじゃないかと、苦笑して見せた。


「私は一番下の使用人だから」


これで十分なんですと、説明した。


「使用人? 君が……」

「ええ、アルバーノ家で働いてるの」


少し遠くに見えた屋敷を指さして男に教えれば、男は突然頭をグシャグシャと掻きむしる。


「……んで」

「え? なんて?」


男が何か言ったけど、全然聞こえなくてもう一度尋ねれば、男は「くそッ」といきなり吐き捨てて、


「水、ありがとう。大丈夫、帰り道は分かるからっ」


そう言い捨てて、突然山道を走り去ってしまった。


「え、ええ?! 大丈夫なの」


地図も全然分からなかったのに、帰れるなんて。どうしようまた迷子になるんじゃないかって、私は慌てて追いかけてはみたんだけど、男はあっという間に姿を消してしまった。


「どこ行ったのよ?」


雑木林の中を見回しても全然見つけられず、「どうしよう」とただ心配だけが胸に引っ掛かった。


「大通りはあっちなんだけど……」


来た道を戻って行っただろう男に、無事に戻れればいいけど、と、不安だけが取り残された。






◆◆◆

「イルデ、アイシャ」


アルバーノ家より離れ、物陰に身を潜めた男がその名を口にすれば、間もなく二名の男女が姿を見せた。


「ここに」

「お呼びでしょうか?」


男の傍で片膝をつく二名は、瞬時に頭を下げる。


「アルバーノ家を調べろ」


苛立ったように命令を下せば、二名は「仰せのままに」と短く返事を返し、そのまますぐに姿を消す。

残された男は、前髪に隠した深紅の瞳に怒りを宿し、グッと拳を握る。


「どういうことなんだ」


話しが見えないと、男は苛立ちを抱えたまま城へと戻って行った。






アルバーノ家の報告は、夕刻には男に届けられた。


「ラーハルド、こんなこと許されると思うか?」


あげられた報告書をもって、オーフィリア国の三男ラーハルド=ルイジェルド(17歳)の部屋にやってきた男は、ドカッと椅子に腰を下ろして報告書を机に投げ捨てる。

それを拾い上げたラーハルドは、ざっくりと目を通して、軽く息を吐き出す。


「つまり、身寄りのないフォリアさんを引き取った形になっているわけだね」

「マリッサ=アルバーノは、フォリアが成人を迎えるまでと言ってはいるが、おそらくそれはない」

「僕もそう思うよ。そのつもりなら、フォリアさんを使用人なんてことにはしないだろう」


二人はアルバーノ家の令嬢が現在使用人として雇われている事実に、苛立ちを覚える。

国の制約により、20歳を迎えるまでは独り立ちを認めないことになっている。ただし、結婚は16歳より可能なため、どちらかが20歳を迎えていれば、夫婦という形で親元を離れることは許されている。

フォリアはもうすぐ19歳を迎えるが、どうあがいてもあと1年はあそこで暮らさなければならない。とはいえ、あそこはフォリアの生家、家を出るかどうかは疑わしい。

となれば、一生使用人として暮らすのか、そこまで考えた黒髪の男はダンッと椅子を叩く。


「落ち着いて、ルー」


黒髪の男の名は、ルー=アレフ。ラーハルドの友人としてオーフィリア国に滞在しているが、その正体を知る者は、現在ラーハルドただ一人。

正体を明かせば自由が無くなると、酷く落ち込んだので、ラーハルドはそのことを黙っていることにした。いつか誰かが気づくまで。


「許せねえだろう」

「それはそうだけど、これを覆すことは出来ない」


書類を見たところ、落ち度はなく、正当な手続きがされているとしか言えない。つまり、フォリアは現在叔母の養子扱いなのだ。


「どうすることもできないのか」


奥歯を噛み締めたルーは、アルバーノ家の正当令嬢のフォリアを使用人にしたままでいいのかと、眉間に皺が寄る。



初めて見かけたのは、舞踏会。誰もがエリオット王子の気を惹くために着飾って、ダンスの相手を狙っていたというのに、薄暗い場所で手あたり次第料理を食べている姿をみかけ、面白半分で追っていたら、興味を持った。

だから声を掛けてみた。そしたら、大きな口を開けて自分の手から、まさか食事を奪うとは思わず、その瞬間、面白いと確信した。

頬いっぱいに料理を詰め込み、令嬢とはとても思えない振る舞い。

だが、次に声を掛けたときには泣いていた。なぜ?

至福の顔で料理を食べていたはずのフォリアは、確かに泣いていた。その理由が無性に知りたくて、追いかけたのに、あっという間に逃げられてしまった。

だからルーは、フォリアの行方を探させ、アルバーノ家の令嬢であることを突き止め、お忍びで会いに行ったのだが、とんでもない事実を知ることになった。そうフォリアが使用人などという立場にあることを。

ボロボロの服を着せられ、髪だって乱れており、ゴミを運ばされていた。舞踏会で出会った姿とはまるで別人だった。パーティーに参加したのは、エリオット王子目的だったのかもしれないが、会場でそんな素振りは微塵もなく、どうして参加したのか、そこだけが謎。

ルーは、フォリアがなぜ舞踏会に参加していたのか、参加できたのかと、眉間に皺を寄せて悩んでいたら、


「恋、しちゃった?」


ラーハルドが突然それを問う。女性にまったく興味などないルーが、いきなりフォリアという女性を調べ始めた。これはもしかして? と、微笑めば、


「面白い女だと思っただけだ」


と、軽くため息を返される。

恋はしていないと答えれば、ラーハルドも素直に納得する。


「そうだね、令嬢なんかと君が釣り合うはずもないか」

「それは、嫌味か」

「いや、事実だよ」


ルーが軽く睨めば、ラーハルドは真剣な眼差しで返してくる。

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