第5話 逃げた……、そして、行き倒れを発見
誰もが羨むような美しさで、王子と舞うようにダンスをする姿は、招待客を魅了する。
敵わない、圧倒的に美しいエミーリアと私では、何もかも敵わないと思い知らされる。そして、あんなに美味しかった料理たちが喉に詰まる。
「私、……何してるんだろう」
セシルにここまでしてもらったのに、美味しいご飯に飛びついて、本来の目的も忘れて……。
「馬鹿、私の大馬鹿……」
手から落ちたフォークが、床を跳ねる。
私って本当にダメね。お父様のお屋敷を取り戻すって、セシルに侍女になってもらうって約束したのに。
「……料理に目がくらむなんて」
お父様、セシル、ごめんなさい。本当にごめんなさい。宝石のように輝いていた料理たちが色を失い、味がなくなる。顔なんかあげられなくて、俯いてただ謝罪の言葉しか浮かんでこない。
素敵な人を見つけるって、幸せになるって決めたのに……。
涙が溢れて、床が滲む。泣いてはいけないと分かっているのに、止めることなんかできない。
そんな私に誰かが近づく。
「生ハムは食べられたか?」
その声は、さっき美味しいハムを教えてくれた人だった。けど、顔なんかあげられるはずもなく、舞踏会が終わる前には戻らなければいけない。
叔母たちが屋敷に戻る前には帰って、いつもの服に着替えなければいけないのだ。
エミーリアはダンスを終えれば、家に戻るかもしれない。もう、時間がない。
けれど、美味しいものを教えてくれたこの人にはちゃんとお礼をしないと、と、私は唇を噛み締めて、必死に涙を止める。
全部、全部、私が悪い。食べ物の誘惑に負けたなんて、最低だと。
「ハム、……ありがとう、ございました」
顔をあげることはできなかったけど、私は俯いたまま深く頭をさげお礼を述べる。床に落ちる涙がこれ以上零れないように、必死に耐えながら、私は男性に顔を見られないように後ろを向く。
「お前……、泣いて……」
「ごめんなさい、私戻らないと」
「待て」
歩き出そうとした私の腕を男が掴む。震える声と床に落ちた涙で、泣いていると気づいたのだろう。情けなくて、恥ずかしくて、顔なんか誰にも見せられないと、私は掴まれた手を振りほどく。
「すみません。私急いでるので」
帰らなきゃ、早く、ここから。私の心は帰ることでいっぱいになり、男から逃げるように城の外へと走り出す。
「待て、まだ……」
走り出した私を追って男が走ってくるけど、私は全力で人込みを潜り抜けて、逃げる。
(なんで追いかけてくるの?!)
「待てと言っている!」
男は必死に叫びながら追いかけてくるから、私は階段を飛び降りるように駆けおり、馬車に乗り込むと急いで戻るように指示をした。
さすがに馬車には追いつけず、男は階段の途中で足を止めた。
「まだ名前も聞いてないだろう」
チッと軽く舌打ちをして、男は走り去る馬車をいつまでも眺めていた。
舞踏会での後悔を地に頭を下げてセシルに謝罪したら、『お嬢様らしい』と、なぜか笑われてしまった。
もっと怒られると思っていたのに、セシルはまた探せばいいのですと、私を励ましてくれて、すごく嬉しかった。セシルに軽蔑されても、嫌われてもおかしくないのに、全てを許してくれた。それが何よりも救いだった。
結局、私の生活は変わることなく、今日も裏庭にゴミ捨てに向かう。
舞踏会が行われてから、数日後、城からエミーリアを含む5名に重要な手紙を送ると、通達があり、エミーリアはきっとエリオット王子の妃候補に選ばれたのだと知る。
もしも、エミーリアが城に行けば、私はこの生活から解放されるかもしれない、そんな淡い願いが心を満たし、今は少しだけ気持ちが軽くなっていた。
鬱蒼とした雑木林の近くにあるゴミ捨て場。屋敷の敷地内ではあるが、昼でも冷たい風が通り抜ける薄気味悪い場所。ごみ収集の業者が、裏庭からゴミを回収していくため、なるべく屋敷から遠く、人目につかない場所に作られていた。
「きゃぁっ」
いつものようにゴミを抱えて歩いていたら、草むらの中に人影を見つけて思わず悲鳴があがる。しかも、地面に横たわっていて、どうみても行き倒れ。
こんな場所に人がいることじたいあり得ないけど、土まみれの服装からして普通の人じゃなさそうだと、ゴクリと喉がなる。
少し長いボサボサの黒髪には、ゴミや埃が巻き付いていて、おまけに葉っぱや草なんかもついていて、地面にうつぶせ状態で倒れていたから、もしかしたら死んでるんじゃ……、と、慌てて近寄れば、ゆっくりと手を伸ばされた。
「み、水を……」
死んでいるかもしれないと思った人は、ゆっくりと手を伸ばして水が欲しいと弱々しく口にし、私は大急ぎで水を汲んで戻ってくる。
「水です。しっかりしてください」
ゴクゴク……
「はぁ~、生き返った」
ボサボサの長髪を掻きむしりながら、男は泥だらけの服でようやく起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「いやぁ~、道に迷ってしまって」
前髪が長くて顔が全然よく見えないけど、男は後頭部をかきながら、面目ないと謝罪する。けれど、こんなところで道に迷うって? どういうこと?
どこかで道を間違えて、屋敷の裏道に迷い込んでしまったのかな? と、私はとりあえず街に続く本通りを案内してあげる。
「大通りは反対側ですけど……」
「そうなのか? どうやら地図をさかさまに見ていたみたいだ」
「地図?」
「俺はここを歩いているつもりだったんだけど」
半分破れた地図を広げて、指を指したのはやっぱり大通り。
(どんな感覚なの、この人?!)
どう見たって山道。どこをどうみたらこれが大通りになるのかと、私の方がため息を吐きたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます