第4話 フォークからハムをぱくっ

こういうパーティーには、もうずっと参加してなかったから、どうすれば良かったんだっけ? 舞踏会というからにはダンスもするよね、とかいろいろ考えだしたら、足まで震えてきた。


(しっかりしなさいよ、私!)


震える足を叩いて、お父様の家を取り戻すんでしょう! 何弱気になってるのと、喝を入れる。


(そうよ、絶対素敵な令息を見つけるんだからっ)


セシルとも約束したじゃない。と、目的を強く胸に抱いて城の扉をくぐれば、豪華絢爛な部屋と音楽、それに大勢の人たち、それに中央では何人もの素敵な男女がダンスをしていた。

めいっぱい着飾ってきたけど、この中で一番目立つことは出来そうもないと、少しだけがっくりと肩を落としてゆっくりと室内に足を踏み入れて、とりあえず、得意なダンスで気を惹くことができればと、辺りを見回す。



クンクン



素敵な男性を見つけようとした矢先、とんでもなくいい香りがっ!

それは、テーブルに乗せられた様々な料理。屋敷で見る料理よりも、はるかに豪華、それになんて美味しそうなの。

ゴクリと唾が喉を通り、私は近くにいた給仕人らしき人に思わず声を掛けていた。


「あの、これって食べてもいいんですか?」


少し控えめに声をかければ、優しく微笑んで「どうぞ」と言われ、ついでにジュースを手渡された。


(嘘、全部いいの?)


前菜からデザートまで一通り揃っている料理たち。これ全部食べていいなんて言われたら、当然食べるでしょう。

私は重なる皿を手に取ると、フォーク片手にテーブルに張り付いた。

まずは、お肉!


「うわぁ~、なんて美味しいのぉ」


中央で行われているダンスに夢中の人々は、ライトの当たるそちらに夢中で、光の当たらない料理のテーブルになんか目もくれず、お酒と談笑を楽しんでいる。

もちろん目的は皆、王子様なんだろうけど、この美味しすぎる料理の方が断然魅力的で、言うなれば食べ放題。

私はテーブルを横へ横へと移動しながら、片っ端から食べる、そう、食べられるだけ食べる。


「サラダも新鮮だし、デザートも綺麗」


パクパクと料理を口に運んでは、その美味しさに頬が落ちそうになり、両手で頬を抑えながら「幸せぇ~」と、甘いため息しか出てこない。

みんなが注目するのは中央で行われている演奏と、優雅なダンス。だから薄暗い料理のテーブルに張り付いている私は、意外と誰も気が付かない。

好きなだけ食べてもいいなんて言われたら、当然満腹まで食べるでしょう。左手にお皿、右手にフォークスタイルで、私は壁とテーブル間を行ったり来たり。

そんな私の目の前に、見たことのない料理が差し出された。


「これも美味しいぞ」


そう言われて差し出されたのは、フォークに刺さったピンクのハムと、お皿に乗った数枚のハム。それは透明に見えるほど薄く切られていて、きらめいていた。


「何これ、いただきまぁ~す」

「お、おい」

「んんっ~、美味しいぃぃ~」


目の前に差し出された、フォークに刺さったハムをパクっと口に含んで食べれば、丁度良い塩気が溶けるように舌を通る。

なにこれ、なにこれ、すっごく美味しいんですけどぉ。

滑らかな舌触りと、ほどよい食感、普段のハムとは全然違う味に、顔が歪んでしまう。もっとたくさん食べたい、と、私はどこの誰かも分からない男の手を掴んでいた。


「これ、どこにあるんですかっ?!」


がっしり掴んで、このハムはどこにあるのかと聞けば、黒髪の男性は少し困ったように、


「あっちのテーブルだ」


と答えてくれた。


「あっちね、ありがとう!」


ハムの場所を聞き、私は男性にお礼を言って、大急ぎで教えてもらったテーブルへと移動。

当然残された男は、食べ物を求めて、一目散にテーブルに走っていったフォリアの後姿を見つめながら、軽いため息が出た。


「普通、フォークではなく、皿を受け取るだろう」


先ほどから料理を美味しそうに食べているフォリアを視線で追っていた男は、一体舞踏会に何しに来たんだと思いながら、フォリアに近づいたのだが、まさか差し出したフォークに食らいつくとは思わず、しばし固まる。


「ふっ、なんだあいつは」


エリオット王子にもダンスにも興味などなさそうで、片っ端から食べて食べまくっている姿に、思わず笑みが零れる。

今宵は王子の婚約者を探すためのパーティー。女性たちは食事など目もくれず、エリオット王子と接触する機会を狙い、ダンスフロアに夢中だというのに、頬一杯に食べ物を詰め込む姿から目が離せなかった。

一方、ハムの場所を教えてもらった私は、反対側のテーブルにたどり着くと、またまた目を輝かせる。あっちにあった料理とはまた別の料理が並んでいたからだ。

食べきれないじゃない。量が多すぎて全部食べられないと、悔しがっていたら会場内にどよめきが広がる。


『まあ、なんて素敵なの』

『絵になりますわ』

『お美しい』


周りからうっとりとする声が響き、私も声の方へ視線を向けて、手にした皿を落としそうになった。

そこには義妹のエミーリアが、金髪の素敵な男性とダンスをしている姿があったからだ。

先ほどまで数十人で踊っていた中央フロアは、いつのまにか二人だけの舞台。

周りで踊っていた人々は皆、踊りを止めて金髪の男性とエミーリアのダンスをうっとりとした眼差しでただ眺めていた。

そして、次に聞こえた言葉に私は皿をテーブルに落とした。


『エリオット王子と、あんなに素敵なダンスが踊れるなんて』


(……エリオット、王子?)


エミーリアが踊っていたのが、エリオット王子だと知ってしまったから。

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