第3話 素敵な出会いを求めて

微かに震える体を必死に抑えていたら、エミーリアが「早くしてちょうだい」と、苛立ちを露にする。


「……それは」


出来ないと言えたらどんなに良かっただろうか。


「あら、この家を追い出されたいのかしら?」

「いえ……」

「大事なドレスを汚したくないの、分かるでしょう」


私に拒否権なんてない。私はゆっくりと膝をつくと水たまりに覆いかぶさるように寝転ぶ。


「どうぞ、お渡りくださいは?」


泥水に顔までつけたのに、エミーリアはさらに要求してくる。悔しくて、悲しくて、どうすることもできない怒りだけが身体を駆け巡りながらも、私は奥歯を噛み締めてようやく口を開く。


「エミーリア、どうぞ私の上をお渡りください」


胸が張り裂けてしまうかと思った。


「まあ、なんてお優しいのかしら」

「……ぅ、く」


心にもない言葉を言いながら、エミーリアは私を踏みつけて歩く。背中が痛い、しかも圧し潰されて泥水に顔が埋まる。


「ゴホッ……っ、ッ」


息が苦しくなって咽れば、渡り切ったエミーリアが少しだけ腰を屈める。


「大丈夫ですか、義姉様、……くすっ」

「……っ、ゴホ、……」

「あらやだ、お顔が泥だらけですわ」


全身泥だらけになった私を見て、薄ら笑いを浮かべながらエミーリアは、顔を洗ってきたらいかが? なんて言いながら屋敷に入っていった。



(言われなくても、洗うわよっ)



口に入った砂や泥が気持ち悪く、私は急いで顔を洗いに向かった。






舞踏会当日。

叔母とエミーリアは朝から大慌てで屋敷を出て行った。開催時間は夕刻からだが、城の入り口で検問が行われるため、順に並ばなければならないのだ。

そう、この検問が関門なのだ。

全員が参加できるわけではなく、試験官のような人たちのお目になかった者だけが参加できるのが条件だからだ。

要するに、見た目で王子のお目に敵うかどうかを、まず関所としてここで判断されるということ。つまり、エミーリアは悔しいけど、美人で、猫を被るのも上手、よって間違いなく通過決定なので、すぐに戻ってくることはない。

それをいいことに、二人が出かけるとセシルが裏口からこっそりと入ってきた。


「お嬢様」


大きな荷物を抱えて部屋にやってきたセシルは、荷物を床に置くと腕まくりをして、一着のドレスを取り出す。


「ど、どうしたの、そのドレス?!」


淡いピンクの素敵なドレスを取り出し、セシルはフワッと持ち上げて私に差し出す。とても高価そうなドレスに、私は一歩後ろに下がってしまった。

素敵すぎて触ってはいけないと、本能が危険信号を出す。


「知人が結婚式で着たドレスを譲っていただき、私が少しだけ装飾を追加したのです」


セシルは貰い物に手を加えただけですと話してくれたけど、私には眩しいくらい可愛いドレスだった。

ところどころに布で作った花が散りばめられていて、幾重にも重なる半透明な布が淡いピンクを優しい色合いにしていた。


「さあ、お嬢様着てみてください。サイズを調整いたします」

「え、ええ」


差し出されたドレスは、サイズが合わないかもしれないと言われたが、少し大きいくらいだったので、手直しはほとんどなく、セシルは手際よく今度は髪を結い始める。


「私がお嬢様の髪を結うのは、いつぶりでしょうか」


お父様がいた頃は、毎日のように髪を結ってもらっていたと、昔を懐かしむようにセシルは丁寧に髪を梳いてくれる。

艶も色も褪せてしまった髪は、セシルに丁寧に磨いてもらえば、輝きを取り戻す。


「すごい! 私の髪、輝いてる?!」

「香油をつけて、丁寧にお手入れすれば、お嬢様の髪はとても綺麗ですよ」

「なんだか昔に戻ったみたい」

「ええ、こうしてまたお嬢様のお世話がしたいです」


サラサラと指を流れる髪を眺めながら、セシルは昔のように戻りたいと切に願う。全てが温かかったあの頃に。


「いい人見つけてくるから」


だから安心して。私は何も根拠などないまま、絶対いい人と結婚してセシルをまた迎えるからと、励ます。


「お嬢様は素敵な方なのですから、きっと素敵な殿方が見つかります」

「ありがとうセシル。私、幸せ見つけてくるね」


お父様の残してくれたこの大切な屋敷を、必ず取り戻すと笑顔を見せれば、セシルも笑ってくれる。


「はい、お嬢様」


この生活から抜け出す方法は、結婚しかないと、私は城で開催される舞踏会で爵位の高い方を必ず見つけると心に決めた。


「そのためにも、お嬢様を誰よりも可愛くして差し上げます」

「あは、お願いねセシル」

「はい、任せてください」


お嬢様の可愛さはセシルが一番知っていますからと、二人で久しぶりに楽しい時間を過ごした。






全ての準備が整ったのは舞踏会ギリギリになってしまったけど、私はセシルが用意してくれた馬車に乗り込んで急いで城へと向かう。

城に到着したころには、舞踏会が始まってしまったけど、まだ数人関所に女性の姿が見えたので、ギリギリ間に合ったというところだった。

たぶん私が最後かぁ~、とは思いつつも、最後尾へと並ぶ。

セシルがとびきり可愛く仕上げてくれて、自分でも自分じゃないと思ったくらいだから、これなら絶対叔母たちにだって分からないと自信を持てた。

髪形もバッチリ、化粧も鮮やかで、私がフォリアだと気づく人はまずいないだろうと。

もちろん関所はなんなくクリアしたんだけど、城の階段を上がるにつれ、なんだか物凄く緊張してきてしまった。

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