第2話 義妹からの悪意ある提案

「舞踏会?」

「エリオット王子が参加ということは、おそらくお相手を探すのが目的なのです」


セシルは瞳を輝かせて、私に迫る。つまりどういうこと? と、首を傾げれば、力強く肩を掴まれる。


「お嬢様も参加するのです!」


そして、相手に選ばれればこんな生活から抜け出せ、幸せになれるのですと、セシルが力説。

ええ――っ! 私がエリオット王子と?!

無理無理、どう見たって今の私は庶民。そんな人、選ぶはずはないと、首を思いっきり左右に振れば、セシルがにっこりと笑う。


「王子でなくともよいのです」

「は、はい?」

「城には大勢の令息たちが来ているはずです。お嬢様がどなたかと結婚出来れば、必ずや幸せになれます」


た、確かに。この生活から抜け出すにはその方法があったと、思わずポンと手を叩きたくなった。

爵位の高い人と婚約、または結婚することが出来れば、私は叔母から離れられ、この家からも追い出すことが出来るかもしれないと、淡い夢が過る。

アルバーノ家より地位の高い人と結婚出来たら、きっとこの家を取り戻せる。その上、叔母たちにこの家を出て行ってもらうこともできるはず。


「名案だわセシル」


今までそんなこと考えたこともなかったと、私はセシルの手を取り、これはチャンスだと、この機を逃しちゃダメって、瞳を輝かせる。

叔母と義妹を追い出すチャンスだと、私は舞踏会に参加すると口にしてから、大問題にぶつかって今度は大きく肩を落とす。

いきなり項垂れた私に、セシルが顔を覗き込む。


「お嬢様……?」

「参加するのはいいけど、私、ドレスなんか持ってないわ」


まさかこんなボロボロの服で参加なんかできないし、きっと城にさえ入れてもらえないだろうと、悲しくなる。


「安心してください。ドレスは私がご用意いたします」

「セシル」

「お嬢様を一番可愛くして差し上げますから、大丈夫ですよ」


優しく笑ってくれたセシルは、全てお任せくださいと、泣きそうだった私を抱きしめてくれた。

つまり、この紙を見た叔母と義妹はさっそく衣装やアクセサリーを探しに出かけて行ったとのことだった。開催日まで二週間もなかったから。






舞踏会開催の知らせがあってから、街中の女性たちがざわめき、衣装屋やアクセサリー屋はかつてない賑わいを見せており、街は一気に騒がしくなった。

もちろんそれはアルバーノ家でも同様で、毎日のように義妹がドレスの試着や髪形を試行錯誤していた。

誰よりも美しく、必ず王子の目に留まらなければならない。こんなチャンス、もう二度と巡ってこないと、どこの家も必死なのだ。


「フォリア、早く次の衣装を持ってきなさい」

義姉様おねえさま、大事なドレスを床につけないでください!」

「もっと綺麗に片づけられないのっ、これじゃ、返せないわ」


何着も試着し、そのたびに私は脱ぎ捨てられるドレスを片付けさせられ、綺麗に箱に詰めては、新しいドレスを取り出す。

どうやら大量のドレスをどこかから借りてきたようだ。

気に入った物が見つかれば買い取るらしい。


「お母さま、やはりピンクの方がよいかしら?」

「エミーリア、周りの女性と重なってはダメよ」

「そうね、誰も着ていない色がいいわ」


そう、多くの女性が参加する中で、いかに目立って、王子の気を惹けるか、そこが重要なのだ。

色とりどりのドレスの中から、会場で一番目立つ色にしたいと、義妹は鏡の前で何度も衣装合わせをする。

ただの嫉妬になるかもしれないけど、義妹エミーリアは認めざる得ないほど綺麗なのだ。整った顔立ち、ブロンドの髪も透けるようにサラサラで、足も長く、肌も雪のように白い。美しい人と言われるのも無理はない。これで性格が良ければ、文句なしなんだけど。

絶対的な自信の持ち主で、醜い物や気に入らないものには、とことん冷たく当たる。自分が一番、そういう人。

舞踏会直前まで着せ替えを毎日手伝わされ、おまけに王族の方が家に来た時に、埃なんてあったら大変と、私に課せられる仕事は山のように増えた。

家の中のみならず、門から玄関までの通路の雑草および小石すら残すなと、爪に土が入り込むほど草むしりと小石を拾わされた。

その日は朝からドレスに合うアクセサリーを買いに行くと、エミーリアは一人、馬車で出かけていったのだが、昼頃戻ってきたので、慌てて迎えに顔を出せば、馬車のドアを開けたまま怒鳴り声をあげた。


「義姉様! これじゃ馬車から降りられないじゃない!」


明け方まで降っていた雨で泥濘や水たまりが出来ており、ドレスの裾が汚れてしまうとエミーリアが馬車から叫び、私は何か敷く物を手に駆けつけたが、水たまりは思ったより大きく、とても持ってきた布では対処できず、


「申し訳ありません、ただいま別の物を」


頭を下げて、もっと大きくて丈夫な布を取りに戻ろうとしたのだけど、


「止まりなさい」


エミーリアが突然呼び止めた。

私は布を手にしたまま振り返り、エミーリアをみれば、笑っていた。


「そこにいい敷物があるじゃない」

「この布ではすぐに濡れてしまいます」

「義姉様が横たわればよいのでは?」


平然ととんでもないことを口にされ、私は大きく目を見開く。私を踏んで歩くと言われ、さすがにゾッとする。

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