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私は一度I.K.の家を訪れた事がある

あの時は常に死にたいと考えていた。と私は思い起こした。「死にたかった」と口に出し、死ねなかったと心の中で呟いた。私は岩間を挑発し、玄関に置いてある包丁で刺殺されるために彼の自宅に向かった。自殺者にもヒエラルキーがある。自己の意志で自殺した者、社会によって追い詰められ死ぬように仕向けられた者、注目を浴びるために承認欲求で死ぬ者、ちょっとも死ぬつもりがないのにも関わらず死に向かう欲求を見せびらかす事が優れた人間の証であると考え死にたいと老衰で天寿を全うするまで連呼する者、死のうと試みて死ねなかった者、底辺に位置する自殺失敗者は余剰の生を意味なくこなし続けなければならない。しかし、死の苦痛が無も含めた死後の世界の可能性に本当に値するか私にはわからなかった。死に向かうことを人は体験できるが、死を経験することはできない。死を救いと考えることは生のカテゴリーでまだ信用に値するものを見出す事ができる楽観主義者の価値観である。誰かに与えられた死は意志によって直接為されない以上自然現象の一部である。第二ストーカーポイントからKN警察がやってくる。「なんか怪しいんだよね」ここでは怪しいものというのはありふれた光景だった。貼り紙だらけの電柱が立ち並び、常にどこかの住民が奇声を上げる。近くではギャー人がラジカセを肩に背負って踊り狂っていた。警察の問いかけを無視しそれを見つめていると血相を変えてこちらにすっ飛んできた。ラジカセを振り上げると私の顔面目掛けて振り下ろす。私は逃げようとすると警察にネルソン・ホールドをかけられてうつ伏せに倒れ込んでしまった。ギャー人は火の吹いたラジカセでパトカーの窓ガラスを割るとラジカセを放り込んだ。

パトカーが燃え上り、意味もなく爆発する。火に巻き込まれた警察の肌は焦げて黒んずんでいくが全く意に介していない様子。私に手錠をかけて後部座席に乗せるとちんどん屋のようなエンジン音を上げながらパトカーを発進させた。服は燃え灰になっていくけれども火傷はどうやらしていないみたいだ。逮捕される時に付いた擦り傷がヒリヒリと痛む。車内は不思議に暑さも感じなかった。


MGM

引出しには大量の模写絵━肖像画の顔たちに埋もれ、見覚えのないジャポニカ学習帳が入っていた。

以下ノートの抜粋


どっと頭に血液が流れ込み、それがその場で留まりとぐろを巻いた。こんなことはしたくないんだと私は怒鳴りベッドに蹴りをいれる。私は物は壊すのは好きじゃないと叫びながら、ベッドに張り手を叩き込み揺らした。手に伝わる衝撃が私に快楽をもたらした。殺すと私は考えた。この場合、私は殺したくて殺すのだろうか?と私は自問自答した。[殺さざるを得ないから殺す、暴力を振るわせてるのだ](傍点筆者)私はそう考えた。目の前にはクマノミが、私だけに見えるクマノミが優雅に泳いでた。私の頭の中にそのクマノミは侵入し、脳の襞の間をすり抜けて奥へ奥へと潜りこむ。女はわからないと言った、確かにわからないと。わからないはずはない、ただ慣習に従って発言したために自覚していないだけだ。他者を責める自動機械だと、私は物を壊さないよう慎重に叩きながら(いつでも物は壊す意図がなくとも簡単に壊れる)そう思った。確か、この女が新聞で口論で人が人を殺す事件を読んだと言ってきたはずだとその時ふと思い出した。そしてクマノミの擬似的な生息域を改善する必要があると考え、思考の煮凝りを泡で絡めて天へ天へと隔離された切れ端に追いやるため血管に息を吹き込んだ。


女は昔私を山に置き去りにした。理由などなかった。ただ子育ての過程で山に子供を捨てるのが流行っていたからそうしただけだった。流行りであれば子供にコカインも渡していただろう。私は車から蹴り出され暗闇の中立ちすくみ恐怖のあまり泣き叫んだが、黒く深い底のない闇は声を余さず飲み込んだ。屈折した月明かりが木や草で構成された影を統合して人影を創り出す。それは若くニタニタと嘲笑い私は震え失禁した。その人影は私に近づき地面を黒く濡らしたションベンを手で掬い舐めた。キョロキョロと首を回し周りを確認すると大小様々なそれら影は闇の中に浮かび私を取り囲んでいた。

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岩間 @Yoyodyne

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