醜い赤子

与野高校文芸部

醜い赤子

 ヒグラシの鳴く学校帰り、部活終わりの俺たちはいつもの通学路を歩いていた。隣で飽きもせず永遠と喋り続けているのは、クラスメートの秋山だ。今年の春に初めて同じクラスになって、何故か俺にぐいぐい来るこいつの圧に押されて行動を共にするようになってから、半ば強制的にほぼ毎日登下校も共にしている。そしてこいつはよく喋る。放っておいたらきっと死ぬまで喋り続けるのではと思うくらいよく喋る。俺はこいつのそういうところが時に鬱陶しい。いや、厚かましいところというよりは、こっちの気などお構いなしな所の方が癇に障ることがある、と言った方がいいかもしれない。

そんな秋山の言葉の豪雨が、ある空き地の前に差し掛かってぱたりと止んだ。俺は思わず、

「おい、どした? 」

と訊いた。すると秋山が空き地の真中を指さして、

「あれ、何だ。」

と言った。秋山の指の先を見ると、空き地の真中に黒い毛むくじゃらの塊が落ちている。ゴミか何かだろうと思ったが、それにしても異質だった。第一印象としてすごく気持ち悪いと感じた。そんなことを考えていると、秋山がずけずけと塊に近づいていく。おいと呼び止めたが、秋山の耳には届かない。俺は慌てて後を追った。

「おい、気味悪いから放っとこうぜ。」

「見てみ雄太(俺の名前)、中に人の赤ん坊がいるぞ。なんか灰色してるけど。」

 それは確かに人の形をした赤ん坊だった。しかし、肌は鼠のような灰色をしていて、体のあちこちが毛むくじゃらの殻と管のようなもので繋がれていて、とてもこの世のモノでは無いような代物だった。その灰色の赤ん坊は胎児のように殻に収まっている。俺は生理的に、猛烈な嫌悪感に襲われたので、秋山の腕を無理やり引っ張って逃げるように家に帰った。

 次の日の朝、例の如く秋山の矢継ぎ早な話を聞きながら登校していると、昨日の毛むくじゃらの黒い塊はまだ空き地の真中にあった。少しだけ大きくなったような気がする。すると秋山が、

「お、まだあんじゃん。ちょっと見に行こうぜ。」

と言って、手を強引に引いて塊の所へ駆けていった。全くこういう所がこいつの悪い所だと思った。不承不承といった具合に秋山の傍らに立っていると、突然、

「ちょっと触ってみね? 」

と言ってきたので、

「はぁ? 止めておけよ、気持ち悪い。」

と、露骨に嫌悪の表情をして答えた。しかしこいつの性格はそれで引き下がってくれる程気の利いたものでない。ちょっとだけと言いながら秋山は、手ごろな木の枝を見つけてきて中の赤ん坊を突っついてみたり、しまいには自分の指で直接触りだした。嫌な予感がした。しかし何も起こらない。ひとしきり触った後、俺の方を見て、

「お前も触ってみろよ。何にも起きねえから。」

と言ってきた。勿論触るなんて真っ平御免だったのだが、またしても強引に秋山に手を引かれて俺はその灰色の赤ん坊を鷲掴みにしてしまった。体中に鳥肌が立った。体は生温かくて、少しねっとりしている。虫酸が走るとはこのことである。俺は全力で秋山の手を振り解き、急いで手を引っ込めて秋山に怒鳴りつけた。

「マジふざけんなよ! お前のその強引なとこマジウゼぇんだよッ! 」

 秋山はぼそぼそと謝っているようだったが、俺はそれを無視して空き地に秋山を置いて学校に向かった。


その日の午後、むしゃくしゃしていた俺は、バスケ部でチームメイトに対してかなりきつく当たってしまっていた。悪辣な暴言も吐いた。今考えると、とても理不尽で横暴なことも言った気がする。練習終わりに俺と他のチームメイトとで言い合いになった。散々に文句をぶつけられた。俺が悪いのだから仕方のないことではあるのだが、俺も腹が立って殴りかかる寸前にまでなった。そして、次の日からチームメイトは俺と口を利いてくれなくなった。また、秋山とも一切交流が無くなってしまった。

 俺はその日、一人で下校した。例の空き地には、まだあの黒い毛むくじゃらの塊があった。何だか朝よりも少しばかり大きくなっているような気がした。

 翌日の朝俺は、朝練前にまた黒い塊のある空き地に向かった。ここにいれば秋山が来ると思ったからだ。でも秋山は来なかった。多分俺となるべく顔を合わせないよう別ルートから登校したのだろう。まあ予想通りではあった。寧ろ少しほっとしていた。俺もあいつと顔を合わせるのは何だか気まずい。ふと、塊を見やる。また少し大きくなっていた。

 俺はそれから毎日あの空き地に通った。何日も何日も。次第に黒い塊は大きくなっていった。そして秋山は、ついに来なかった。そして今日も来ていない。同じクラスなのだから学校で仲直りをすればよいのかもしれないが、俺の強情なプライドが邪魔をして、それは全く出来ずにいた。俺は、自分の傍らで安らかに丸まって眠っている灰色の赤ん坊を睨みつけた。お前さえいなければこんなことにはならなかったのに。早くその忌まわしい姿をどこかに消してくれよ。でも、お前がいなければ秋山がまたここに来るという望みは薄くなる。俺は一人で煩悶していた。

 明くる日、またあの空き地へ行った。すると、あの黒い塊はうねうねと動いていた。俺は驚いて口を開けたままその光景を眺めていた。数秒間動いた後、中から何かが出てきた。人だ。しかし、大きさはちょうど俺と同じくらいで、体格も顔も俺によく似ている。いや、似ているというより、それは俺だった。全く瓜二つの、俺だった。肌の色は灰色のままで、目玉は赤かったが。俺は言葉が出ない。凄く気持ち悪い。俺が空き地の前で立ち竦んでいると、灰色の俺が話しかけてきた。

「キミ、アキヤマクン、ナンデキライ?」

 俺は何とか声を絞り出してどういう意味か聞き返した。

「ボクハキミデ、キミハボク。ソシテ、ボクハアキヤマクン、スキ。」

「な、何で?」

「ダッテ、ニタモノドウシダカラ。」

 言っていることが理解できなかった。お前が俺で、俺がお前? それに、俺があの秋山が好き? そんなわけがないだろう。どう考えても俺とお前は別人だし、秋山のことだって、仲直りしないと気まずいというだけで、あの性格はむしろ嫌いだ。

「俺は、あんな強引で人の気も考えられない男のことなんか好きじゃない。こうしていつも来てたのは、ただ気まずいからで……。」

「ゴウイン、ヒトノキモチカンガエラレナイ、キミモオナジ。ボクモオナジ。」

 灰色の俺にそう言われたとき、今日までの記憶が一機に蘇ってきた。そして部員や秋山に対して、猛烈な罪悪感を覚えた。あれだけ秋山の性格を嫌っていたのに、自分も同じだったじゃないか。強引にチームを振り回して、傷つけることも考えずに暴言を吐き散らして。俺はその場に膝から崩れ落ちた。そして、泣きながら地面に向かって何度も謝った。

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醜い赤子 与野高校文芸部 @yonokoubungeibu

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