その涙の感情は

与野高校文芸部

その涙の感情は

 俺は4歳の頃、両親に捨てられた。殺し屋をやってる男に拾われ、そのままその世界に入っていった。両親からの愛なんてものが無かったから、必然と人に対しての興味だとか情だとかは無かった。当然、人を殺すことに躊躇なんてなかった。


 ここは一見普通の事務所だ。事務用のデスクにパソコン、鳴り止まない電話……は流石にないけど。表向きは大手の会社と弱小会社を繋げる仲介の会社だが、『合図』1つで顔を変える。

「いや〜今日もお疲れさん。良かったらこれ、飾ってよ」

「……いつもありがとうございます、加瀬かせさん。良ければ今日の御用を向こうで聞きますよ」

「話が早くて助かるよ〜」

加瀬さんはうちの常連のような人だ。今日も3本の蕾と1本の花の赤い薔薇の花束を持ってうちにやってきた。そう、「3本の蕾と1本の花の薔薇の花束」は『合図』だ。花束を持ってこられた瞬間に事務所の中の空気が変わる。依頼を任されるのは誰かと、全員が獲物に飢えた獣のような目をしている。はあ、くだらねぇ。


 事務所の屋上でしばらく街の様子を見ていた。気分は最悪なままだが。この街には自分の得になるように汚いことをする人間が多い。全ての言動に嘘が紛れている。そんな人間を見てると愛も夢も無いんだと思い知らされる。

薫留かおる。依頼だ」

倉木くらきさんが話しかけてくる。ちなみに、この人は俺を拾った人であり、こんな世界に引き込んだ人だ。

「……さっきの?」

「ああ、そうだ。」

依頼内容が書いてある紙を見る。げっ5000万……? どんだけ難しい依頼なんだよ……。有名御曹司の娘……。

「今までで1番高い依頼だ。成功させなきゃならない」

「…………拒否権は?」

「ない」

即答……。そりゃそうか。俺の功績は事務所の中で1番だ。失敗したのは、あの日の1度きり。失敗する可能性が限りなく低い。

「任せるぞ」

「分かったよ……」


 有名御曹司なんて一体、どんな大物が来るんだか。……ああ、あれか。なんとかブランドのバッグを持って、金髪のカールがかかった髪型の女性。殺すためには別の場所に誘導しなきゃいけない。

「おじょーさん、この後じかん…………。っ!」

うそ……だろ……。

「何ですか?」

「あ、嗚呼、いや。すまんね、なんでもないよ。良ければ連絡先が知りたいなと思ってさ」

「いや、あなた誰ですか? よく知らない男の人に教える連絡先は持ち合わせてないんですけど」

「ガード堅いねー。それなら、またこんな感じで再開したら交換してよ。運命だって言ってさ。それじゃ、また会おうねー」

「いや、話を勝手に……。なんだったんだろう……」

彼女をみた瞬間、俺の頭の中にあの日の記憶が流れてきた。



大体俺が6歳位の時、殺し屋をやって1年経った位の頃だった。俺は1つの依頼を任された。

『有名御曹司、宝来ほうらい家の夫妻を殺せ』

こいつら……裏で結構やってんだな……。うわ、人身売買はタブーだろ。

「それをお前に任せたい。宝来家は守りがかなり強く、大人の俺達には難しい依頼だ。子供のお前なら動きやすいだろ」

「いや、俺に任せない方がいいだろ。まだ1年しかやってないのに。使用人とかにバレるぞ」

「かもな。だが、お前にはセンスがある。1年やって見つかったことがないなんて、お前だけだからな」

「…………拒否権は?」

「ない」

「……はあ、分かったよ……」

渋々依頼を受けた。

 まず屋敷の侵入は……無理だな。人が張ってる。今どき警備員が付けられるなんて、流石、御曹司様だな。侵入経路は一つだけ、それは窓だ。しばらく見て分かったが、寝る前に使用人に飲み物を用意させるらしい。それを狙おう。

 使用人が持ってきたコップに密かに毒を入れる。2人の部屋は別々だから2人とも簡単に殺せる。あとは待つだけ。先に口を付けたのは夫の方。優先にしろと書いてあった方から死んでくれるのは有難い。無味無臭で遅効性のものを使ったから、暫くは様子見だな。

 もう毒が回る時間になった。確認と処理のために死体の元へ向かう。まず夫の方。脈は……動いてない。

「それ、もう死んでんのか?」

「っ! びっくりした……。静かに来ないでくださいよ」

倉木さんに死体の処理を任せる。今のうちに妻の方も確認しとくか……。

 脈は……っ! 動いてる……! まだ回りきってないとかか? いや、どちらにせよ面倒臭い。

「……い、や……だ…………まだ……しに……た……く……な、い……」

意識がある……。こういう時は心臓が1番だ。…………。抵抗もされずすぐ終わった。脈は……動いてない。はあ、めんどうだったな……

「お母さん……?」

子供の声がする。一気に頭が冷えていく。見つかった……?

「お母さん? なんで返事してくれないの……? ……っ!」

そりゃあする訳ないだろ。死んでるんだから。

「大……丈夫……? キミ、血まみれだよ……?」

俺のことか? だとしたらこいつ、血濡れになってる母親よりも返り血で染まってる俺の事を心配してることになるぞ……? やばい奴、なのか……?

「もしかして……お母さんの事殺しちゃったの?」

いや、だからなんで疑問形で来るんだよ。

「だとしたらどうするんだ。言いつけるか?」

「あ、ううん。そういう事じゃなくてね。お母さんとお父さんが色々悪いことしてるのは知ってたから。もしかしたらいつか、こうなるんじゃって思ってて」

「……そうか……」

いや、それでもなんで俺を心配する流れになるんだ?

「お顔怖いよ? やっぱり殺すのは心が痛むのね」

「怖い顔なんてしてない」

「薫留ー。そっちどうだ……って」

倉木さんは瞬時にこの少女の首にナイフをあてる。

「この事は黙ってもらえるかな? もし話したら君を殺さないといけなくなる」

「わ、分かった…………。言わない……」

「……薫留、そろそろ行くぞ」

「……分かった……」

そのまま妻の死体を持ってその場を離れた。

 その後何も無かったから多分あの子は言わなかったんだと思う。

そして間違いなく、今回のターゲットはあの子と同一人物だ。


「倉木!」

「おーおー怖いねぇ」

「知ってただろ」

基本、ターゲットの情報も同時に渡される。渡されないって事は訳ありだって予想はついてたが……。

「宝来家の娘なんて、知ったら引き受けなかっただろ。この世界に同情はない」

「だとしても……!」

「……なんだ? やけに肩入れしてるな。殺せないか?」

「そんなんじゃない……」

そうだ。情はない。ただ驚いただけだ。宝来さやか、君は俺が……。


 確か情報によるとこの辺を通るはず……。あ、あれだ。

「あ! おじょーさん、また会ったねー」

「あ、あの時の……」

「この前言ったこと覚えてる? やっぱり運命じゃない?」

「……はあ……。そちらには約束ということになってるんですね……」

「その言い方、嫌そうだね。それなら代わりにこの後飲みに行こうよ」

そう言って腕を引っ張る。

「いやだから、勝手に話を……。あっ……! 引っ張らないでください……!」


「……寝たか」

結構弱いんだな。よし、運ぶか。

「ああ、会計はこれで」

「ありがとうございましたー!」

 とりあえず路地裏に来た。どうやって殺そう……。っ!

「やっぱり裏があったんですね」

みぞおちを狙われた……。起きてたのか……。持っていた銃を構える。

「あんなすぐに寝るなんて怪しいと思わなかったんですか?」

「……本職の俺が騙されるとは……。すまんね。依頼が入ったんだ。ここで死んでもらうよ」

両手で銃を握る。撃て! 撃て……! 撃てば終わるんだ……! 銃を持つ手が、震える……。なんで、なんで殺せないんだ……! あ……!

「そんな震えた手で私を殺すですって……? 随分と舐められたものね」

銃を奪われた。……死ぬのかな。

「……そんな事言いながら、そっちだって手震えてんじゃん」

「……! うるさい!!」

バァン! あ……。撃たれた。素人が、急所を、外された。体に穴が開いてそこから何かが溢れ出ている感覚がする。宝来さやか……。君になんの情があったんだ……。どうして俺は、殺せなかったんだ。もう……ダメだ……意識が……。



     *   *   *    

 


 バァン! え……。撃った……? 私、撃っちゃったの……? ウソ……。目の前にいる男の人はしばらく無言で立ち尽くしていた。そして倒れた時、向こうに人影が見えてしまった。

「あなたは……誰……?」

「あーそうだな。俺の事は倉木とでも呼んでくれ」

倉木さんは銃を持っていて、その先からは少し煙が立っていた。

「あなたが撃ったの?」

「だとしたら?」

否定はしないのね。

「おーおー。御曹司サマは怖いねぇ。目で人を殺せるみたいだ。それはそうとキミには死んでもらう」

「さっきも同じような事を言われたわ。失敗したみたいだけど」

「ああ、そうだな。たが、俺は失敗しない。まあ、なんだ。ここじゃさっきの銃声を聞いて人が集まるかもしれねぇ。場所を変えるぞ」

一体、何処へ……。


「そんなビビらないでさっさと入れ」

「あの……。ここは……?」

突然誰かの家に連れてこられた。誰のなんて聞かなくてもわかる気がするけど、

「ここは俺の家だ」

でしょうね。話の流れ的に。それにしても、こんな所に連れて来て、何をするのか……。

「まあ、さっきも話したように死んでもらう。いや、正確には、死んだ事にしてもらう」

「っ! どういう、こと?」

「そのまんまさ、キミにはこの俺の家で生きててもらう。そして依頼人には殺したと説明する。あ、そうそう。薫留も一緒にね」

「かおる……さん?」

「最初にキミを殺そうとしたおにーさんね。あいつにはキミを殺すのをしくじった、という事で死んだ事にする」

「そんな理由で死……!?」

「この世界の責任の持ち方だよ」

「でも薫留、さん、は……」

「薫留だけでいいと思うぜ。急所は外した。すぐに止血すれば問題はない」

……信じても、いいのかな……? でもそれで生きたとして、そんな人生で、いいの……?

「くらき!! お前また……! 騙したな!! なんだよ、さやかも俺も、死んだ事にするって……」

包帯でグルグル巻になった薫留さ……薫留が倉木さんに掴みかかる。

「そんな怒るなよ薫留。必要な演出だったって事でいいだろ? 薫留は演技下手なんだから、薫留に伝えてたらパァだったよ。感謝して欲しいくらいだ。あ、そうそう……」

「あの……。1つ、いいですか……?」

「俺喋ろうとしてたんだけど……。まあいいや」

「あ、それはごめんなさい。それで、死んだ事になり、この家で生きていくとしても、それが永遠に続くなら、もういっそ死んだ方が早くないですか?」

「おお、そこに至るのね……。ちょうどさっき俺が話そうとしてた事なんだが、その事については心配ない。俺らの世界では悪い事をしてる奴を殺せ、って依頼が来て殺す。それが仕事だ。」

今、殺し屋の話……? 私もなれってことかしら……?

「何が言いたいんだ?」

「つまり。キミ、宝来さやかを殺せ、と依頼が来たって訳だ。だが、おかしいと思わないか? さやかちゃんは何も悪い事をしてないっていうのに、どうして引き受けたのか……って」

確かに……。昔は父や母が裏で色々してた人だって事は知ってるし、それで殺されてしまったことも知ってる。けど、私は一切そのような事をやっていない。今の話が本当なら私の依頼は引き受けるべきじゃないはず……。もしかして……冤罪、とか?

「それに、依頼をした加瀬さん、どこかおかしいと思わないか? 本職でも無いのにこんなに悪い人間を炙り出せるなんて……」

「まさか……! 加瀬さんも裏の人間だったのか……!?」

「そういうこと。だからきっと、加瀬さんが突き出されるのも時間の問題だ。そこで、薫留に大仕事。その依頼が入ったらお前に任せたい。依頼したはずの人間が生きてるなんてあの人しか知らないからな。抗議する人間が居なくなればバレない。君たちが死んだ事になるのは加瀬さんが死ぬまでだ」

初めて会ったけど、これが悪い顔なんだってよく分かる……。利用されたってことね……。

「……分かった」

「いつもの拒否権のやつやんないの?」

「うるせぇ。あー挨拶が遅れちまった、薫留だ。よろしく」

「恐らく知っていると思いますが宝来さやかです。よろしくお願い致します」



数年後……



「薫留、依頼だ」

待ちに待った依頼がきた。さあて、どうやって殺そうかな……。

「これが終わったら、お前はもうこの世界から抜け出しな」

「えっ……! なんで……」

「お前……根は優しいからな。さやかといて結構回復しただろ。ちゃんと人間しなよ」

「…………考えとく」


「加瀬さん、お久しぶりです。あなたに依頼が入ったんです。では早速、殺しますね」

 ……ふぅ、終わった……。これでさやかを元の生活に、戻せる。あ……涙なんて流した事もなかったのに……。感情を、今更知ろうだなんて、俺も随分、人間になっちまった。

「倉木さん、後は任せます」

「おう」

「それと、俺人間してみます」

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