その19の2



(……言葉もありません。


 ですがはっきり言って、


 こういう現場は自分には向いていません。


 今朝の時点で多くの視線を感じました。


 スパイでもない普通の学生たちが、


 俺のことを妙な目で見ていたのです。


 俺の学生への擬態に、


 不自然な点が有ったのではないでしょうか)



(そうか。ちなみにその視線を向けてきた生徒っていうのは


 大体が女子じゃなかったか?)



(その通りです。


 ストロングさんには俺のミスが分かっていたんですか?


 だったら昨日の時点で教えてくれれば良かったのに……)



(気にするな。


 そいつはそこまで致命的なミスでも無いさ)



(だと良いんですが。


 ミスはそれだけではありません。


 アルベルト=ヴィルフ王子。彼が俺の正体に勘付きました。


 交渉の結果、


 俺のことは黙っていると約束をしてくれましたが。


 やはり俺は、あまり上手くありません。


 今からでも別の現場に


 配置換えしてもらえませんか?)



 ……自分は戦闘員だ。



 いくら懲罰だと言っても、こんな現場はミスマッチが過ぎる。



 今日一日の出来事は、カイムにそれを痛感させていた。



(俺は人事担当じゃ無いしなぁ。


 それに、現場を放り投げたら査定に響くぜ)



(ですが……この現場では……


 望むような成果が出せるとも思えません)



(ずいぶんと弱気だな。あのエピックセブンが)



(仕事には適材適所というものが有る。


 それを思い知らされました)



(へこまされたってワケだ。


 だが悪いな。


 俺にはどうしてやることもできん。


 なんとかがんばってみてくれ)



(はい……。


 追加の指示などは無いんですか?


 調査対象の指定だとか)



(今のところは無いな。


 俺にも詳しいことはわからんが、


 まだ動くべき時じゃ無いのかもしれん。


 とりあえずは学生生活を続けてみてくれ)



(……了解しました。


 定時連絡を終了します。


 それと、この学校ではいろいろとカネが入り用になるようです。


 至急仕送りをお願いします)



(わかった。すぐに手配する)



(ありがとうございます)



(なあカイム)



(はい?)



(友だちは出来たか?)



(たぶん。一人だけ)



(そうか。良かったな)



(はあ。これにて連絡を終わります)



 定時連絡の終了を告げると、カイムは指輪を外した。



 そしてベッドに倒れこんだ。



(配置換えは無理か……。


 しばらくは学生を続けないといけないらしいな。


 なら、やると決めた事をやるか。


 とりあえずは、ルイーズのことだな。


 それと……)



「明日はダンジョン実習か。


 どんなもんかなぁ」



 カイムがそう言うと、カゲトラの耳がぴくりと動いた。



 それから風呂に入り、カイムは就寝した。




 ……。




 翌朝。



 朝食などを済ませると、カイムはカゲトラに出発の挨拶をした。



「それじゃ、行ってきます」



「みゃー」



 自分も。



 カゲトラがそう言ってきた。



「ん? 外に出たいのか? 良いぞ」



 カイムはカゲトラを連れて部屋を出た。



 1階に下り、外へ。



 寮から出たカイムは、猫車のりばへと向かった。



 カゲトラはずっとカイムの隣を歩いてきていた。



「見送りか?」



「…………」



 カイムの疑問にカゲトラは答えなかった。



 カイムは列に並ぶ



 すぐに猫車がやって来た。



 カイムが猫車に乗り込むと、カゲトラも車に飛び乗ってきた。



「まさか、ついてくる気か?」



「みゃお」



 カイムの疑問をカゲトラは肯定した。



「あのなカゲトラ。


 猫は授業には立ち入り禁止なんだぞ」



「みゃーん」



 ふーんそれで?



 カゲトラはそう答えた。



「みゃーんじゃねえよ。


 授業のジャマしたらつまみ出すからな」



「あの……」



 見知らぬ女子が、カイムに話しかけてきた。



 2年生のようだが、別のクラスの生徒のようだ。



「ん? 何?」



「猫、撫でても良いですか?」



「どうする? カゲトラ」



「みゃみゃみゃー。みゃーみゃみゃー」



「『仕方の無いやつだ。特別に背中なら許してやろう』」



「みゃみゃみゃーみゃみゃー」



「『もし尻尾に触ったら殺す』とのたまっておる」



「えっはい。ありがとうございます」



 すると他の女子たちも口を開いた。



「えっずるい私も」



「私も良いですか?」



「俺も良い?」



「みゃみゃー」



「『男は触るな』とのたまっておる」



「女好き!?」



「カゲトラはメスだけどなー」



「許せるッ!」



「何が?」



 束の間、カゲトラは人気者になった。


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