第53話 崔は孤独を感じる!
僕は樹莉亜を女性として扱い続けた。当然といえば当然だ。だが、マンションの鍵を渡された時はドキッとした。“ああ、これでは逃げられないな”と思った。
倫子とは、約束通り他に“惚れられる”女性が出来るまでということで、相変わらずデートを繰り返していた。
「崔君、何か悩んでるやろ?」
「え! わかる?」
「わかるわ、どうしたの? いよいよ本当に好きな女性が出来た?」
倫子は不安そうな顔をする。
「いや、それなら良かったんやけど、実はこの前、僕好みの女性が歩いてたから“この女性が運命の女性か?”と思って声をかけたんやけど、ニューハーフやった」
「嘘! ほんでどうするの?」
「どうしよう? こんなの渡されたし」
「マンションの鍵やんか、崔君、どうするの?」
「どうしよう?」
「ふったらええやんか」
「でも、声をかけたのはこっちやし」
「でも、ニューハーフと知らずに声をかけたんやろ?」
「うん」
「いつ、ニューハーフだってわかったの?」
「ホテル」
「それって、ホテルに行くまで隠してたってことやんか、なんか悪意を感じるわ」
「そうやねんけど、今更後には引かれへんやろ?」
「崔君は甘いねん、優しいのと甘いのとはちょっと違うで」
「そうやなぁ、でも、めちゃくちゃ女性らしくて、かなりの努力をして女性になろうとしてるのが伝わって来るから、あんまり冷たく出来へんねん」
「女性になろうとしても、ニューハーフやねんから、そこは縁を切ってもええと思うで。っていうか、私がいるのに、それって二股やんか」
「ああ、そうやな。僕って最低やな」
「二股なんか、崔君は嫌やろ? 1人に絞りなさい」
「そやな、ほな、倫子、さよなら、今までありがとう」
「って、フラれるのは私の方かーい!」
「あれ! 違った?」
「そのニューハーフさんをふってや! なんで私がフラれるの?」
「ああ、そうやな、確かにそれはおかしいな。ごめん、いろいろ考え過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになってるねん。ちょっと冷静にならなアカンわ」
「でも、不思議なもので、相手が女性やったら傷つくけど、相手がニューハーフさんやったら、結構、冷静でいられるわ。あんまりヤキモチを焼けへんみたい。っていうか、崔君っておもしろいね。いろんな人と出会うんやね、ははは」
「おいおい、笑うなよ。そうなんや、あんまりヤキモチ焼かんですむんや。ああ、もう、どうしよう? 頭が痛くなってきたわ。逃げたい! 倫子、一緒に逃げる?」
「なんで私が逃げなアカンねん! 崔君、ちょっと休んで考えたら?」
「休む?」
「私ともニューハーフさんともしばらく会わずに、冷静になったら?」
「ああ、そやな、ほな、そうしようか。倫子の言うことが正しい気がする」
「うん、しばらく1人で冷静に考えた方がええで」
「わかった、そうする。ごめんな、トラブってしまって」
倫子に言われた通り、僕は樹莉亜とも倫子ともデートしない穏やかな日々を過ごした。冷静に考えたら、今回は倫子を選んで樹莉亜と別れるという選択をするのが正しいように思えてきた。だが、樹莉亜は傷つくのではないだろうか? せっかく、女性になろうとあれだけ頑張っているのだ、その努力が報われないなんてかわいそうだ。
こんな時、相談できる相手がほしくなる。だが、家族に相談できる話ではない。かといって、級友など知人に相談できる話題でもない。“ニューハーフと別れようか迷ってる”なんて言えない。考えてみれば、僕は級友や知人に話せない恋愛ばかりして来た。だから、級友も知人も、僕のことを“女性と付き合ったことの無い童貞”だと思い込んでいる。
どう思われても良かった。だが、相談相手がほしかった。級友と談笑している時でも、僕は楓と出逢ってから、いつも頭の中は、その時々に付き合っていた女性のことで頭がいっぱいだった。だが、相談できない。“あのさぁ、今付き合ってる風俗嬢のことで悩んでるんだけど”とか、“あのさぁ、セ〇レのことで悩んでるんだけど”なんて言えるわけがない。心ここにあらず、級友とは次第に距離が離れていく気がしていた。いや、確実に級友との距離は遠くなっていった。
気付いたら、心に傷のある留年生と一緒にいることが増えた。それでも、僕の悩みを相談することは出来なかった。僕は孤独を感じることが増えていった。自分のことは、自分で悩んで決断をくだすしかない。
結局、僕は樹莉亜との交際を終わらせることにした。久しぶりに樹莉亜の部屋で樹莉亜の帰りを待った。やがて、樹莉亜が帰って来た。
「崔君……」
「しばらく会ってなかったけど、変わり無いか?」
「それが……崔君に話があるんやけど」
「ん! どうしたん?」
「崔君、私と別れてほしいねん!」
「え! 急にどうしたん?」
「私、好きな男性(ひと)が出来てん。その男性とお付き合いすることになったから……ごめん、崔君!」
「そうか! ほな、しゃあないなぁ!」
「崔君、ごめんね」
「いや、仕方がない、合い鍵は返すわ」
「崔君、ごめんな、ごめんな」
「ええよ、ええよ、仕方ない。樹莉亜は幸せにならなアカンで」
「ごめんな、ごめんな、いっぱい優しくしてもらったのに」
「ほな、合い鍵は返すから。さよなら」
樹莉亜は僕にしがみつき、泣いた。僕は、別れ話を自分からする必要が無くなってホッとしていた。
「ニューハーフさんとは別れて来たんやろね?」
だが、まだ倫子という問題があるのだ。倫子は、僕が樹莉亜と別れたと聞いて喜んでいた。倫子の笑顔を見れば見るほど、別れる時が来るのが怖くなる。
「このまま崔君に大好きな女性が現れなかったら、結局、私が崔君の彼女やなぁ。意外と、このまま結婚までいったりして」
そうなるのかもしれないと思った。だが、それならそれで、楽しい家庭が作れるような気もした。僕は、倫子の寛大さに甘えていたのかもしれない。でも、倫子はどうなのだろう? 付き合ってた彼氏から乗り換える感じで僕と付き合った。もしかすると、倫子も本当は僕に“惚れてる”わけではない、そういう可能性は無いだろうか? ダメだ、僕には考えることが多すぎた。もしかしたら“惚れる”ということを知らない人が多いのではないだろうか? 楓と付き合っていた時に感じていた、あの焦がれる感じ、僕は最初に“惚れる”ということを知ってしまったのかもしれない。知らなかった方が良かったのかもしれない。とはいえ、知ってしまったからには仕方がない。
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