第52話  崔は寄り道をする!

 そのお姉さんはお水っぽかったが、そんなことは関係無い。ストライクゾーンのど真ん中、この女性なら、僕を本気にさせてくれるかもしれない。背が高くてスタイルが良くてカッコイイ! 僕はその女性に声をかけた。


「ちょっと飲んでから帰りませんか?」

「え! 今から?」

「はい、今からです」

「うーん、ちょっとお腹は空いてるかも」

「ほな、飯でも食いに行きましょう」

「でもなぁ、お酒は店で飲んで来たし。ガッツリ食べる感じでもないねん」

「何か軽く食べながら、軽く飲みましょうよ。僕、1人で飲んでたんですけど、誰かと飲み直したくて」

「一緒に飲む友達も彼女もおらんの?」

「友達を呼ぶ気にもなれず、彼女とは別れかけです」

「彼女いてるんや」

「別れ話をしてるんやけど、相手が納得してくれなくて。僕に本当に好きな女性が現れるまで別れないって言うんですよ」

「ほな、本当に好きになれる女性を探さないとアカンやんか。こんな所で寄り道してる場合とちゃうんやないの? 惚れられる女性がいないか? 探しなさい」

「いや、実は、もしかしてお姉さんがその相手かなぁと思いまして」

「あんた、軽いなぁ。そんなことやから愛に迷うねん」

「そう見えるだけですよ、誰でもいいというわけではありません。今回も、お姉さんが僕のストライクゾーンのど真ん中だったから声をかけたんです。声をかける相手はは選んでいますよ」

「ほんまに?」

「自分の好みの女性しか声をかけませんよ。好みじゃない女性に声をかけても、時間の無駄じゃないですか」

「そうなん?」

「そうですよ。信じるかどうかはお任せします」

「ほな、信じてみようかなぁ」

「そうこなくっちゃ」



 行きつけの雰囲気のいい居酒屋。明かりは蝋燭の灯りだけ。テーブル毎にカーテンがあるので、カーテンを閉めれば2人きりの空間だ。やたらこの店ばかり登場してくるが、僕のいきつけの店で、“女性を口説きたい時に行く店”だった。


 僕は彼女の話を聞いた。彼女の名前は樹莉亜、この近くの店でホステスをしている。彼氏は募集中。年齢は22歳、身長は168センチ。僕は169センチ。ローヒールを履いているから、樹莉亜は僕よりも背が高い。まあ、僕はそんなことは気にしない。ソフィアも僕より背が高かった。樹莉亜もソフィアと同じで、男性の身長は気にしないと言ってくれていた。そう言ってもらえると助かる。僕はあと5センチ、身長がほしかったけど。


 僕は樹莉亜の耳元で愛を囁き続けた。店の雰囲気と酒でトロンとし始めた樹莉亜を、僕は外に連れ出した。そのまま近くのホテルに入る。樹莉亜は嫌がらなかった。僕は“めっちゃラッキー!”と思った。ナンパなんて、なかなか成功しないのに、一発で成功してそのままホテルとは! こういう幸運があるから、ツライ人生でも生きていけるのかもしれない。



 部屋に入り、ベッドに座ってビールで乾杯。とりあえず、ピタッと寄り添う。次に肩に手を回す。抱き寄せる。キスをする。それから服を脱がせていく。大きくもなく小さくもない胸が現れる。その流れで下半身も脱がせる。


“?”


 僕は戸惑った。そこには、男性の象徴があった。


「あ、言ってなかったっけ? 私、ニューハーフやで」


 樹莉亜はイタズラっ子のような笑みを見せている。間違いない、わざとニューハーフだと言わなかったのだ。こうして僕の反応を楽しんでいるのだろう。確信犯だ。やられた! 幸せの絶頂から、奈落の底に叩き落とされた。


“困った! どうしよう?”


 と、困ってばかりもいられない。ここでやめたら樹莉亜に恥をかかせてしまう。少なくとも、今のこの良い感じの雰囲気が壊れてしまうだろう。間が空くとシラケる、僕はどうするか? スグに決めなければならなかった。究極の選択。まさか、こんな選択を突きつけられることになるとは! 僕は少し汗をかいた。でも、汗をかいているだけじゃだめだ、何かしないと! ニューハーフは女性だ、女性に恥をかかせることは出来ない。それだと、選択肢が無くなってしまうのだが。


 そんな僕に、樹莉亜が言った。


「ローションなら、売ってるで」

「わかった。ローションがあればええんやな」


「ローション、買ったで」

「ローションを少しお湯でとろとろにして、洗面器に入れて持って来てや。ニューハーフとするのは初めてなんやろ?」

「うん、初めて」

「大丈夫、私の言う通りにしたらええねん」

「うん、言う通りにするから、指示してくれ」



 僕は樹莉亜と結ばれた。せっかくの出会いがこれでは、このままずるずると倫子と付き合い続けることになりそうだ。差別するわけではないが、僕が長期的にニューハーフの人と付き合うのは無理だと思う。だが、それでは、倫子との交際を続けることになる。うまくいかないものだ。“惚れることが出来る女性”を見つけるのって、こんなに難しいものなのだろうか?


 樹莉亜とは、一晩だけの関係で終わらせたいものだ。だが、そんなに都合良くいくのだろうか? 僕は、今後のことは自分から話さず、樹莉亜の判断に委ねてみた。


 樹莉亜は僕の腕枕で、


「今度、いつ会える?」


と、言った。



 そして朝、僕は樹莉亜のマンションに招かれた。手料理をご馳走になった。めちゃくちゃ美味かった。倫子も料理はかなり上手いが、樹莉亜はそれ以上に上手かった。胃袋を掴まれた。樹莉亜は、もう僕と付き合っているつもりだった。せっかく上機嫌なのに“いやいや、付き合いませんよ”とは言えなかった。雰囲気を壊すのが怖かったのだ。樹莉亜の部屋に何泊かして気付いたのだが、樹莉亜はそこら辺の女性よりも遙かに女性らしかった。僕は最初から樹莉亜を女性と認識していたけれど。







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