第51話  崔はケリをつけようとする!

 クリスマス、ケーキ屋は忙しいが閉店時間が8時なので、帰りに夕食へ行くくらいの時間はある。忙しいからといって開店時間が伸びるわけではない。バイトの後、僕と倫子はいつもの店に行った。


「はい、プレゼント」


 僕は大きな袋を倫子に渡した。バイト先の休憩室に紙袋を持ち込んだ時、茜に“あらあら、倫子ちゃんへのプレゼント?”とチェックされた。茜は悪戯っぽい目で含み笑いをしていた。僕はちょっと照れた。


「何これ? うわぁ、バッグや、このブランドのバッグ、欲しかってん。でも、これ高かったやろ?」

「大丈夫。ずっとバイトしてるんやから、そのくらいのお金はあるよ」

「ありがとう。これ、私からのプレゼント」


 倫子から小箱を渡された。


「開けていい?」

「うん、ええよ。開けてみて」

「あ、ネックレスや、ありがとう」


 男女兼用のネックレスが入っていた。


「つけてみて」

「うん……どうかな?」

「似合ってるで、見て、私とお揃いやねん」


 倫子も、全く同じネックレスをつけていた。


「ありがとう、嬉しいわ。お揃いって、なんかええなぁ。仲良し-! って感じ」

「うん、これからも仲良くしてほしい。よろしくね、崔君」

「こちらこそ、よろしく」

「崔君は、彼氏として理想的やで、気を遣ってくれるし、優しいし、愛してくれるし……」

「前の彼氏が酷かったから、そう思うんちゃうか? 僕からすれば、前の彼氏が酷い男で良かったかもしれへんけど。倫子が普通のことで喜んでくれるから。でも、僕もやねん。僕も何気ないこと、普通のことを嬉しいと感じるねん」

「普通ではないよ、崔君が普通より優しいことくらいわかるもん。大切にしてもらえてるのがわかるもん」

「そう言ってもらえるなら嬉しいけど、あんまり美化せんといてな、プレッシャーになるから。僕は全力で倫子を大切にするけど」

「崔君、本当に響子に興味無い? 気になってない? 大丈夫?」

「あ、響子ちゃんのことはスッカリ忘れてたわ」

「良かった、崔君は響子の方がいいのかな? と思って、ちょっと不安やったから」

「そんな心配はせんでもええよ」

「崔君、今日やねんけど」

「うん、何?」

「親には“今日は飲み会で遅くなる”って言うてるから、この後、OKやで」

「そうなん? それじゃあ、行こうか」



 倫子と一緒にいると楽しい。楽しいのだが、違和感は大きくなっていった。楓と付き合っていた時は、楓しか見えなかった。多分、街を歩いていても美人は歩いていたのだろうが、どんな美人を見ても、楓しか見ていなかった。いや、楓しか見れなかった。それだけ夢中だった。だが、倫子と一緒にいると、他の女性が目に映る。ということは、僕は、倫子に夢中になれていない。


 そこそこかわいい女の子と付き合って、イチャイチャできて、花見、花火、クリスマスなどのイベントを楽しむことが出来ればそれでいいと思っていた。それが僕の理想の恋愛だった。多分、それは普通のこと。僕は普通の恋愛がしたかったんだ。


 だが、倫子と付き合ってわかったことがあった。それは、“好かれたから好きになるのではなく、好きだから好かれたい”ということだった。僕は倫子が好きになってくれたから、喜んでその気持ちに応えて付き合った。やっとまともな恋愛が出来ると思って飛びついた。だが、違ったんだ。勿論、倫子のことは好きだが、惚れてはいなかったのだ。


 倫子と付き合うんじゃなかったと後悔した。だが、倫子と付き合ったからわかったことだった。倫子と街を歩いていても、僕は無意識に楓を探していた。こんな中途半端な気持ちで付き合うのは、倫子に申し訳無いと思うようになった。


“倫子と別れよう”



 僕は、そう決めた。



 僕は倫子をいつもの店に呼び出した。目の前に珈琲が置かれたら、僕はスグに別れ話を始めた。倫子は、最初は黙って話を聞いていたが、途中から泣き始めた。


「僕がひどい男やということはわかってる。でも、惚れていない女性と付き合うのは罪悪感があるねん。倫子一筋、一途になれないまま付き合うのが申し訳無いねん」

「そんなこと言われても、私は崔君が好きやもん」

「僕も倫子のことは好きやで。でも、“惚れてる”とはちょっと違うねん」

「崔君、他に好きな人が出来たん? “惚れた”人が出来たん?」

「それは、まだやけど」

「ほな、崔君に“惚れる”くらい好きな人が出来るまで、私を彼女でいさせてや。崔君に“惚れる”くらい好きな人が出来たら身を引くから」

「そんな調子で付き合ったら、倫子に失礼やろ?」

「失礼ちゃうよ。そんな調子でええから、次の人が現れるまで私と付き合ってほしいねん。その方がマシ。別れる方がツライ。私、崔君に惚れてもらえるように頑張るから。めっちゃ頑張るから」

「まあ、倫子がそれでええなら……」

「それでええよ、崔君が“惚れる”人がいつ現れるかわからんやんか。このまま現れへんかったら、私をお嫁さんにしてよ」

「うん、確かに、惚れられる人が今後現れる保証もないしなぁ」

「そやろ? だから、それまで、崔君の彼女でいさせてよ」

「……わかった」

「私は崔君を束縛せえへんから。惚れることが出来る人を探しながらでもええから」

「……」



 立ち飲みの飲み屋で飲めない酒を飲んだ。ちなみに、この頃には僕は二十歳を過ぎていた。倫子に対する罪悪感と、倫子と別れきれなかった自分に対する自己嫌悪で気分が悪かった。


 夜、終電が終わった人通りの少ない街を一人で歩いた。



 そこで、僕は好みの女性を見つけた。







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