第12話  崔はデートに誘う!

 翌日、亜子から電話がかかって来た。僕は“また叱られるのかな?”と思い、少々ビビりつつ電話に出た。その時、すっかり僕は亜子に怯えていた。身長150センチの小柄で小顔の女の娘(こ)なのに、僕は亜子が怖くて仕方がなかった。あんなにカワイイ女の娘なのに。


「崔君、今後の作戦を考えたんやけど」

「うん、今度はどんな作戦?」

「ごめん、いい作戦は思い浮かばへんかったわ」

「えー! どうすんの? 師匠! 頼むで!」

「うるさいなぁ、そもそも肝心な所で根性を見せなかった崔君が悪いんやろ! キスすべき時にしなかったら雰囲気が壊れるねん。わかるやろ?」

「うーん、そう言われたら何も言えない。ごめんなさい。やっぱり、あの時、キスするべきやったんかなぁ。いや、絶対にするべきやった。今、めっちゃ後悔してる」

「そうやで、昨日や、やっぱり昨日のデートが重要やったんや。多分、昨日の時点では律子さんは彼氏さんと崔君の間で揺れてたはずやねん。せやから、キスを求めてたと思う。だから、そこでグイッと押せば良かったんや。でも、キスするべき時に出来へんかったから難しくなったんやで。崔君が受け止めなかったから、律子さんは崔君の胸に飛び込まれへんかったんや」

「あー! 昨日のキスはそんなに重要やったん? ああ、僕はなんという大失敗をしてしまったのだろう? めっちゃ後悔するわ。アカン、立ち直られへん」

「崔君がキスをしなかったことで、今頃、また彼氏の方へ心が傾いてると思うねん。いや、間違いない。今はもう揺れてへんと思う。彼氏の元へ戻ったわ」

「ほんなら、僕はどうしたらええの? 何か無い? こうなったらなんでもやるで! なんでも言ってくれ! またプレゼントか?」

「アホ! プレゼントが続いても、あんまり効果は無いわ。うーん、やっぱりデートやな! もう1回デートして仕切り直しや! それしかない。そして、今度こそ男らしくグイッとキス! 崔君、もう、それしかないで」

「あ、うん、わかった。もう一度、律子さんを誘ってみる」

「でも、崔君にとっては厳しいことを言うけど、今度は誘っても難しいと思うで。断られる可能性が大やと思うわ」

「そうなん? なんで? なんでなん?」

「律子さんが冷静になったというか、落ち着いてしまったからね。今の彼女は彼氏を選んでると思う。せっかくプレゼント攻撃で律子さんの心を揺らせたのに。そのためのプレゼントやったのに」

「げ! そうなん? それやったら、もう挽回出来へんやんか」

「でも、こちらとしては攻めるしかないねん、崔君、頑張ってデートに誘ってみて」

「うーん、なんか難しいみたいやけど、誘ってみるわー!」

「よし、いってこーい! 骨は拾ってあげるから砕け散れ!」



 次のバイトで、律子と2人きりになった。早く誘わなければいけない! 焦る。


「この前、水族館、めっちゃ楽しかったです-!」

「そやね、私も楽しかったで」

「それなら、良かったです。で……また、律子さんと遊びに行きたいんですけど」

「うん、私も行きたい。けど、しばらく待ってくれる? テストが近いし、しばらく忙しくなるから」

「あ……そうなんですか」

「どこに行きたいの?」

「うーん、テーマパークとか、屋内プールとか……」

「やっぱり水着姿が見たいんやね。崔君、変なところで正直やわ」

「まあ……正直、水着は楽しみですけど」

「でも、ごめんね。しばらく待ってね。また時間が出来たら声をかけるから」

「そうですか……じゃあ、時間が出来たら声をかけてくださいね」


 “しばらくって、どのくらいの期間ですか? いつデート出来るんですか?”


 とは聞けなかった。聞くだけ野暮だろう。律子は優しく遠回しに僕の誘いを断っている。僕は“もう、遊んでもらえないだろうなぁ”と思った。律子との間に、急に厚い壁が出来たように感じたのだ。“チャンスが1回しか無いということもあるのだ”と、いい勉強になった。やっぱり“鉄は熱いうちに叩かなければならない”ということか? あの時、僕に一握りの勇気があれば……半端じゃないくらいに後悔した。亜子の予想通り、僕はもう律子の眼中に無いのだ。



 相談したくて、亜子に電話した。


「崔君? どうやった? 律子さん、冷めてなかった?」

「うーん、またデートに誘ってみた」

「それで? それで? どうやった?」

「遠回しにやんわりと断られたわ、もう、デートはしてもらえなさそうな気がする。全部、亜子の言う通りになったわ」

「やっぱりかー! そうなる予感はしてたけど。これは痛いなぁ。今までの苦労が水の泡やで」

「律子さんとは、もう無理なんかな?」

「無理ではないかも。またずっと会話を続けてたら、いつかまたチャンスはあると思う。でも、それは今ではないと思うねん。多分、先の話やと思うわ。ご愁傷様」

「テストとかで、しばらく忙しくなるからって言われたけど、シフト表を見たら、律子さん、かなりシフトに入ってるねん。絶対に忙しくないよね?」

「今は、完全に彼氏を優先しているんやと思う。でも、そうさせたのは、崔君やで」

「そうなんやぁ、やっぱり、ことごとく亜子の予想通りになったんやなぁ。亜子には女心がわかるんやね、僕はアホやったわ。またチャンスはあると思ってたから」

「うん、今は彼氏と別れるつもりは無いと思うで。やっぱり、デートでキスせえへんかったのが悪かったんやと思うわ。キスしてたら、崔君を見る目が変わったはずや」

「キスって、そんなに大事やったんやね? チャンスは1回しか無いの? 嫌や、もう一度チャンスが欲しい」

「そんなに大事か? って、当たり前やんか、さっきも言うたやろ? 相手は自分を受け止めてくれる男性を探してるんやで。そこで崔君が引いたら飛び込んでいかれへんやんか。崔君は頼りないと思われたんや。一回、頼りないと思われたら、そこから這い上がるのは難しいねん。なあ、崔君も本当はわかってるんやろ?」

「ほな、律子さんは僕の胸に飛び込んでくれるところやったんかな?」

「うん……あの時は。でも、もうアカンで。今は、“崔君は彼氏にするには頼りない”って思われてるやろうから」

「そうか……でも、そこまで言われたら納得やわ」

「なあ、崔君」

「え! 何?」

「思い切ってバイト先を変えてみたら?」

「え! せっかく仕事をおぼえたのに?」

「だって、バイトするのは出会いを求めてるからやろ?」

「まあね、正直、女性が目当てや。それに、お金ももらえるしね。お金はデート代に使えるし」

「ほな、今の職場は諦めて、違う所に行ったらええやんか、なあ、そう思わへん?」

「うーん、そうやなぁ……ほな、次はどこでバイトしよう?」

「今度はケーキ屋! ケーキ屋も女性スタッフが多いと思うで。アイスクリーム屋と似た感じやと思うねん。ええアイディアやろ?」

「そうか、ほな、そうしようかなぁ。亜子がそう言うなら」

「うん、ほんでな、崔君」

「え! 何? まだ何かあるの?」

「私もしばらく、あんまりアドバイスしてあげられへんと思うねん。私もテストがあるし、それに……ちょっと彼氏との時間がほしいから」

「彼氏さん? 何かあったん?」

「うん、私も彼氏との絆を強くしようと思うようになって……彼氏と一緒の時間をもっと作るねん。っていうか、私の方が更に盛り上がって、もう彼氏のことしか考えられなくなってるねん。せやから、彼氏のことばかり考えていたいねん」

「わかった、今までアドバイスしてくれてありがとう。彼氏さんと幸せになってや」

「うん。また気持ちに余裕が出来たら連絡するから。私は本当に電話するから。私は崔君を見捨てたりしないからね。乗りかかった船やし。不定期やけど連絡するから」

「うん、ほな、またね。僕、ほんまに情けない弟子やったと思う、ごめん」

「情けない弟子やったけど、私は崔君を応援してるで。崔君には崔君の良さがあるんやから、自信を持たなアカンよ。ほな、またね」



 その日、僕は頼れる師匠を失った。頼りになる存在がいなくなってしまった。



 だが、最後のアドバイスは実行に移した。僕はバイトを辞めた。そして、ケーキ屋でバイトすることになった。バイト先には、また魅力的な女性が3人。完全に仕切り直しだ。過去の失敗はリセット。さあ、頑張るぞ! 恋人が出来るまで、僕は頑張り続けなければいけない。おっと、その前にまずは仕事をおぼえないと。それから、また“1日に1回以上、仕事の話以外の会話をすること”からスタートだ!







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