第13話 崔は旅立つ!
僕は、クラブも二年の秋だったか冬だったか、3年になる前に辞めた。
その代わりに、新しく始めたのがケーキ屋のアルバイトだった。相変わらず掃除のバイトと掛け持ちだった。掛け持ちで忙しくなって部活は出来なくなっていた。何故、ケーキ屋かというと、女性が多いからだ。要は亜子の指示通りに動いたということだ。ケーキ屋は、アイスクリーム屋と同じような雰囲気だった。何故、掃除のバイトを続けるかというと、時給が良いし、その日の作業が終わると定時よりも早く帰れて楽して稼げるからだ。
そしてケーキ屋、女性は多いが、また年上ばかりだった。また、みんなからいじられた。ファミレスの時から年上女性にはいじられる僕だった。そして言われる、“弟みたい”。
仕事は黙々と真面目にするのだが、“真面目すぎる”とか、“もっと雑談をふってくれたらいいいのに”などと言われていた。更に、“崔君って、まだ女の娘(こ)のこと好きじゃないの? まだ、男の子と遊んでる方が楽しいの?”みたいなことも言われた。女性に興味が無いかのように言われたのだ。アイスクリーム屋の時も、最初はこんな感じだった。いじられるのに、会話が上手く出来ない!
でも! 違う! 違う! 違うんだー!
僕は女性が好きだ! 副店長の風間さんのことをかわいいと思っているし、チーフの天野さんのことを色っぽいと思ってるし、バイトの女子大生の佐倉さんのことを癒やし系だと思っている。僕はちゃんと女性を意識している。
風間さんのバランスのとれた身体にも興味があるし、天野さんのグラマーなボディーにも興味があるし、佐倉さんの華奢な身体にも興味津々なのだ。3人とプールに行って水着姿を見たいと思っている。
どうして、これだけの煩悩が伝わらないのだろう? 僕はこんなにも煩悩に溢れているというのに! アイスクリーム屋の時も、女性と雑談が出来るようになるまで時間がかかった。ケーキ屋でも、まずは慣れないと仕事以外のことは話せないのか? 結局、僕は成長も進歩もしていないのではないか? つくづく自分が嫌になる。亜子に合わせる顔が無い。
「いやぁ、今まで女性と話してなかったんで、何を話したらええのかわからへんのですよ」
副店長の風間聡子達に正直に言ってみたことがある。
「嘘、ほんまは遊んでるんやろ? 私にはわかるで」
「え! この前は、“女に興味が無いのか?”みたいなことを言ってたじゃないですか。なのになんで、急に“遊び人”に認定されるんですか?」
「うん。でも、崔君は落ち着いてるから、遊んでるのかなぁって思い始めたところ」
「落ち着いてるんじゃ無いんです。無表情なんです! 感情が顔に出ないだけです」
「まあ、恥ずかしがらんでもええやんか、崔君。遊び人やとしても、みんな、崔君のこと気に入ってるんやから」
まあ、バイト先の綺麗どころ3人、皆、彼氏がいるので、どのみちアタックすることは出来ないのだろうが……。いやいや、それでも亜子なら“攻めろ!”と言うだろう。早くキャラを変えなければいけないという焦りが生まれた。今の僕は弱キャラだ。僕は強キャラにならないといけないんだ!
随分と不定期になってしまったが、亜子からの連絡がたまにある。亜子は宣言通りに、僕を完全には見放さなかったのだ。“連絡すると言ったら連絡する!”男らしいその言葉に嘘は無かった。そして、ごくたまに会うこともあった。会うのは、彼氏と会えなくて寂しい日で、更に女友達とも遊べない日、そんな日に僕が呼ばれる。それでもいい。僕はまだ亜子を頼っていたのだ。
「崔君、調子どうなん?」
「相変わらずや、バイト先に気になる人はおるけど、ろくに話しかけることもできへんわ。また、1からやり直しや。アイスクリーム屋の時から進歩してへんわ」
「アカンやん。崔君、開き直ってない?」
「うん、アカンよ。でも、“1日1回、仕事以外の話をする”という課題からチャレンジしてるで」
「でも、結果が全てやからなぁ。崔君、進歩しているところを見せてや」
「でも、みんな彼氏がおるからなぁ。前もそうやったけど」
「だ・か・ら・関係無いって言うてるやんか! 私の好きな人って30歳の妻子持ちやって言うたやろ? せやけど、絶対に奪ってみせるもん。ちゃんと結婚の約束もしてるし。私と比べたら、崔君は楽な恋愛をしてるんやで」」
「そうか、亜子は婚約してるもんなぁ。僕の方が楽かぁ」
「そうやで、彼氏がいるからって引いたらアカンよ。何度も同じことを言わせんといてや! 崔君はスグに引くけど、気持ちで負けたらアカンねん!」
「わかった。今度こそ頑張るわ」
「ところで、職場の女性って、どんな人達なん?」
「まず、副店長の風間聡子さん、身長158センチくらい。華奢やけど、胸はありそう。なんか、“年上の女性!”って感じで甘えたくなる。母性を感じるのかなぁ。でも、かわいいから守ってあげたくなる」
「何から守るねん? まあ、ええわ。甘えさせてくれるタイプやったら、甘えてみたらええやんか。崔君、甘えろ! で、他には?」
「次は、チーフの天野茜さん、身長は165か166くらいあるんかな? とにかく色気があるねん。スラリとしてるんやけど、出るところは出てるねん。そういうところは、ちゃんとチェックしてるねん」
「崔君、相変わらず女性の体をチェックするのが好きなんやなぁ。ほんで、次は?」
「佐倉倫子さん、バイトの短大生。華奢で……守ってあげたくなるねん」
「だから、何から守るねん? まあ、ええわ、ほんで崔君は誰と付き合いたいの? 優先順位はどうなってる?」
「うーん、結婚するなら聡子さん、Hだけなら茜さん、付き合うなら倫子さんかな」
「ああ、わかりやすいわ。でも、3人共女性として興味があるわけやね?」
「興味はある! めちゃくちゃある! 興味津々や! 僕は、こんなにも彼女達のことを想っているのに、その想いが全く伝わらへんねん」
「やっぱり話さないとアカンよ。崔君の言う通り、1日1回は仕事以外の話をする。それはええことや。言うとくけど、天気の話はアカンで。そして、それができるようになったらまた2回ずつ。その後の課題は考えておくわ。でも、基本的にはアイスクリーム屋の時と同じ方針やで、今度は失敗したらアカンよ。せっかくバイト先を変えたんやから。それで、誰を優先するの?」
「1番付き合いたいのは聡子さん。でも、ちょっと歳が離れてるからなぁ」
「ほな、1番親しみを感じるのは誰なん?」
「歳の近い倫子さん」
「じゃあ、倫子さん狙いでいこう! 後の2人とも仲良くしときや」
「うん、頑張ってみるわ。でも、亜子は、いい先生やな。というか、ええ女や。僕みたいな男を見放さないなんて、めっちゃ面倒見がええやんか」
「そうやで、私は崔君のええ先生や。ほなまた……あ、今度の日曜はバイト?」
「いや、休み」
「ほな、映画に付き合ってくれへん? チケット2枚あるねん。せっかくチケットがあるのに、行かな勿体ないやろ? 行こうや」
「え! 好きな人と行ったらええんとちゃうの?」
「好きな人と行かれへんから、崔君を誘ってるんやんか。そのくらい察しなアカンで! 私、鈍い男は嫌いやから」
「ご、ごめん、悪かった」
「ほな、一時にいつも通り〇〇駅前に集合やで、ええやろ?」
「わかった、行くわ」
亜子とは、まあ、大体こんな感じだった。相変わらずと言えば相変わらずだ。
そして、僕は高校3年生になっていた。誕生日の早い僕は、夏休みに入ってスグ、合宿で車の免許を取りに行くことにした。あえて、合宿を選んだ。短期間で免許を取得出来るという利点もあるが、それよりも、このどうしようもない毎日を変えてくれる“きっかけ”があるのではないか? と期待していたのだ。合宿へ行ったら、いい出会いがあるかもしれない。僕は、久しぶりにワクワクしていた。亜子も“新しい出会いがあることを祈る”と言ってくれた。僕は、北陸へ向かう特急電車に乗った。
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