第10話 崔は勇気を振り絞る!
律子へのプレゼントを買って、最初のバイトの日、僕はずっとそわそわしていた。プレゼントを渡さないといけない。せっかく買ったのだ、渡さなければ! と思えば思うほど勇気が出ない。2人きりになった時は何回もあった。心では“今や!”と思いつつ、その日、とうとうプレゼントを渡せなかった。
その晩、亜子から電話があった。
「崔君、プレゼント渡せた? 相手はどんな反応やった? 喜んでたやろ?」
「……ごめん、渡せなかった。ほんまに、ごめん。堪忍や」
「なんで? 何してんの? 崔君、ほんまに度胸も根性も無いんやなぁ、ちょっと幻滅やわ。崔君のそういうところ、アカンで。2人きりになる時はあったんやろ?」
「正直、何回もあった。でも、“今や!”と思いつつ渡されへんかった」
「もう、最低! 最悪! アホ! 崔君のアホ! アホ! 根性無し!」
「ちょっと待ってくれや、その言い方はちょっとヒドイで。普通に考えて渡しにくいやろ? わかってくれ。わかってくれへんかな? わかってほしいなぁ……」
「私にはスマートに渡せたやんか、あの感じでええねん。そう、あんな感じ。スーッと自然体で渡すのが1番ええんやで。私に渡した時のことを思い出したらええねん」
「あれはお礼やったから、スッと渡せるよ。何も無いのにスーッと渡す……めっちゃ高いハードルやわぁ」
「同じことや、律子さんにも“日頃の御礼”とか言って渡すんやろ? ほな、私に渡したときと同じやんか。お礼やねんから。まあ、渡せなかったものは仕方が無い。明日、バイトは?」
「休みやで」
「明後日は?」
「バイト」
「ほな、明後日! 明後日は渡さなアカンで! 明後日、渡せなかったら怒るで!」
翌々日。ちょっとだけ律子と2人きりになる時間があった。
「律子さん、これ、安物ですけどプレゼントです」
僕はスーッと小箱を律子に渡した。もしかすると、緊張で少し手が震えていたかもしれない。まあ、震えていたとしても、そんなものは愛嬌だ! 今日、渡せないと、親身になってくれている亜子に申し訳が無い。せっかく選んでくれたのに。
「え! なんで? 私、誕生日でもないのに? 何、これ?」
「とにかく、受け取ってください。早くポケットに入れてください。日頃のお礼ですから、気にしないでください」
「うん、わかった」
律子が休憩から出て来た。僕の横に並ぶ。
「休憩時間に中身を見たんやけど、あれ、高かったんとちゃうの? 高いよね? めっちゃセンスが良くてビックリしたけど。本当に私が貰ってええの? 崔君、無理してない? っていうか、なんでいきなりプレゼントなん?」
「いえいえ、気持ちだけですから、遠慮せず受け取ってください。いつもお世話になっているから、そのお礼です。大丈夫です、そんなに高い物ではないですから」
「でも、なんで私だけ? なんで私だけにプレゼント? 他にも女性はいるのに」
「いやいや、律子さんはいつも優しく丁寧に仕事を教えてくれるし、律子さんの存在に、僕はいつも癒やされていますから」
「優しく仕事を教えたのは私だけとちゃうやんか、副店長も主任も同じやんか。なのに、なんで? なんで、私だけなん? そこが不思議やねんけど」
「いやぁ、確かに副店長にも主任にもお世話になってるんですけどね。実は、僕にとって律子さんは特別な存在なんですよ、あははははぁ」
「え、それ、どういうこと? 私が崔君の特別? 特別って、どういうこと?」
「僕は律子さんに憧れてるんです、僕は律子さんのファンなんです。そう、ファンです。ファンだと思ってください。これで理解してもらえるでしょう?」
「え! どういうこと? ファンって何? 私、芸能人でもないのに。崔君、私、一般人やで。それに、美人でもないし、普通の女の娘(こ)やねんけど」
「まあ、いいじゃないですか、律子さんは僕にとって特別な存在なんですよ。だから、プレゼントくらいさせてください。プレゼントしたくなったんです。いけませんか? それに、律子さんは普通じゃないです、美人ですよ。カワイイですし」
「そうなん? ほな、なんか気を遣わせて申し訳無いけど、ありがたくもらっとくわ。本当にありがとうね。ごめんやで」
僕は、かなり頑張ったと思う。自分を褒めてやりたかった。だが、その後、お互いに意識してしまってギクシャクしてしまった。渡した後のことは考えていなかった。
亜子から電話があった。
「崔君、今日こそは渡せた?」
「うん、渡せた」
「ほんまに? よくやった! 崔君えらい! よく頑張ったなぁ」
「でも、プレゼントを渡したことで、その後はお互いに意識してしまってギクシャクしたわ、あれで良かったんかな?」
「はあ? あんた、何やってんの? 距離を縮めるチャンスやのに! 距離が遠くなったら意味が無いやんか! いつも通り、ううん、いつも以上に自然に会話しないとアカンやん。さっき褒めたけど、褒め言葉は無かったことにしてや」
「うーん、それで、これから、どうしたらええと思う? ここが正念場なのはわかってるねん。でも、どうしたらええのか? わからへんねん」
「うーん、そうや、ここは賭けをしよう! 次に律子さんに会った時に、律子さんが崔君のプレゼントのネックレスを身に付けていたら思い切ってデートに誘おう!」
「げげげえ! で、で、デート? 亜子、それ、マジで言うてる? ちょっとデートに誘うのは急過ぎるんとちゃうか?」
「大丈夫、“今度、遊びに行きましょう”でええねん。簡単やろ? 一言で終わることやんか。プレゼントを渡すより、ハードルは低いと思うで」
「でも……どこに行ったらええんかな? デートスポットがわからへん」
「そんなん、自分で考えなアカンで! まあ、水族館とかテーマパークでええんとちゃうの? 映画はオススメせえへんけど。映画は、見てる間は話が出来へんから」
「でも、僕が誘っても、“彼氏がいるから”って断られるんとちゃうの? いや、多分、断られる。なんかそこだけ自信があるわ」
「そこは、“ちょっと遊びに行くくらいいいじゃないですか”とかでええやんか。男友達とちょっと遊びに行くとか、“あり”やろ?」
「ああ、なるほどね。男友達と思ったらええんか。それなら誘えそうやわ」
「崔君、チャンスやで! 崔君の目標は何? 忘れてるやろ? 思い出して! もうすぐ目標達成やで!」
「思い出した、童貞卒業!」
「ちゃうやろ! 彼女を作ることやろ! 童貞卒業はその後や!」
「あ! そうや! よく考えたら、亜子が僕の童貞を奪ってくれたらええねん。そう思わへん? そんな気がしてきた。亜子、人妻になる前に1回だけ!」
「なんでそんな話になるの? させへんわ! させるわけないやろ!」
「1回だけ! お願い! 亜子の犬になるから」
「アカン、現実から目をそらしたらアカンで、その相手は律子さんや! 彼氏から律子さんを奪うんや! 童貞卒業の相手は律子さんやで-!」
「ああ、うん、わかった、わかった、どんどんハードルが上がって行く気がするけど、気のせいかな?」
「ハードル? 気にしたらアカン。行け-! 崔君、今が最大のチャンスやでー!」
次のバイトの日、律子は僕がプレゼントしたネックレスを身に付けて来た。ということは、作戦を実行しなければいけない。僕は律子と2人きりになる瞬間を待った。スグにチャンスは訪れた。勿論、僕はドキドキ。心臓が高鳴って苦しいくらいだ。
「そのネックレス、早速身に付けてくれたんですね、嬉しいです。気に入ってもらえましたか? 良かった。やっぱり似合ってますよ。まあ、律子さんが身に付けたら、どんなネックレスでも輝いて見えるでしょうけど」
「うん、すごく気に入ってる、ありがとうね。それで、何かお礼がしたいんやけど」
「ほな、1度、一緒に遊びに行きましょう。1日、僕に付き合ってくださいよ」
「遊びに行くの? どこ行くの?」
「水族館とテーマパーク、律子さんはどっちがいいですか?」
「うーん、水族館。あ、でも、私は彼氏がいるからなぁ……」
「ちょっと遊びに行くくらいいいじゃないですか。男友達、いや、後輩とちょっと遊びに行くだけですよ。僕に思い出をください。思い出が欲しいんです、律子さんのファンとして」
「うーん、そやね、ちょっと遊びに行くくらいええよね、ほな、行こか。じゃあ、今度の土日に行く?」
「あ、ちょうど土曜は僕も律子さんもバイトは休みですね。土曜はどうですか?」
「うん、土曜日でええよ」
「ほな、何時にどこで待ち合わせます? ○○駅に○○時とかでいいですか?」
亜子から電話がかかってきた。僕は電話を待っていた。電話機の前で待ち構えていた。電話が鳴ったらスグに出た。
「早っ! なんでこんなに早く出れるの?」
「電話を待ってたから」
「崔君、どうやった? バシッと決めた?」
「うん、土曜、水族館に行くことになったわ」
「やったー! 良かったやんか、私も嬉しいわ。言うたやろ、努力は報われるし、チャンスは来るねん」
「問題はデート中の会話や、会話をリード出来るかなぁ、めっちゃ不安やねん」
「相手の方が年上やねんから、少し甘えてもええんとちゃう? それに、水族館やったら魚を見ながら会話はできると思うで。肩の力を抜きなさい。前に言ったと思うけど、崔君はボケよう、ボケようとし過ぎやねん。あんまりボケようとしたらアカン」
「そうかな? うん、わかった。甘えるくらいの気持ちで挑むわ」
「ほな、ここで宿題!」
「え! うん、何?」
「今度のデートで律子さんとキスすること-!」
「ええー! キス-?」
おいおい亜子さん、何を言い出すねん! ハードルが高いにも程がある。
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