第9話 崔はただ指示に従う!
また亜子から電話があった。金曜日の夜だった。僕は電話を待ち構えていた。
「崔君、また1週間経ったで-! どうやったー?」
「うん、1週間経ったね-! 今日も亜子が元気で嬉しいわ-!」
「で、どうなん? 少しは会話が盛り上がるようになった? 成長した? お願いやから成長したと言ってや、成長してなかったら私がガッカリするから」
「うーん、うーーん、うーーーん……うん、多分、大丈夫やで」
「自信無さそうやなぁ、ほんで、具体的にどんな感じなん? 何を話したん? 何の話で盛り上がったん?」
「レンタルで、映画の〇〇〇〇を観たから、“〇〇〇〇観ましたよー!”とか言ってみたんやけど」
「“観ましたよ-!”の後は? その後が大事やで。ああ、めっちゃ心配」
「〇〇〇〇の内容を話してみた、感動したとことか、印象に残ったシーンとか、いろいろ話せた。多分、共感できたと思う。もしかしたら僕の自己採点が甘いのかもしれへんけど、映画の話は盛り上がったと思うで」
「おー! 頑張ったやんかー! 崔君、大丈夫、成長してるで! 私、嬉しい-!」
「同じ要領で、好きなアーティストが誰かを聞き出したら、たまたま僕も好きなアーティストやったから、かなり話が出来た。“僕、この曲が好きなんですよ-!”とか、“どの曲が好きですか?”とか、“ああ、あの曲もいいですねー!”とか。ちょっとは盛り上がったと思う。今度、CDを何枚か貸すことになった。僕、CDだけは沢山持ってるから。まあ、相手は彼氏とライブに行ったことがあるらしいけど」
「話せてる-! 話せてるやんか-! 崔君、急成長やんかー! あれ? でも、なんか元気無いなぁ、どないしたん?」
「だって、結局、いつも彼氏の話をされるから。しかも、楽しそうに。彼氏の話をされたら、僕はなんて言えばいいのかわからへん」
「彼氏の話をされる? だから、何?」
「“やっぱり僕とは付き合ってもらわれへんやろなぁ”と実感する。で、正直、凹む」
「大丈夫! チャンスは必ず来るから! 私が保証する!」
「そうかなぁ。勿論、亜子の言うことは信じてるけど、チャンスなんか来るんかなぁ。僕は今までチャンスが無かった男やから、あんまり成功するイメージが湧かへんのやけど」
「私もしばらく片想いやったけど、きっかけがあって付き合うようになれたから。不思議なもので、待ってたらチャンスは来るねん、そういうもんやねん。間違いない」
「うーん、そう言われても、実際、彼氏とのノロケ話を聞かされたら嫌になるで。正直、ノロケ話なんか聞きたくないもん。でも、笑って聞いてるけど。笑って聞くしかないからなぁ」
「今は辛抱する時やねん。そうや、3人の中で誰と付き合いたいか? そろそろ優先順位をつけたらええんとちゃうかな? そうしようや? 本命は誰なん?」
「え! 優先順位? 本命? いきなり言われても……ちょっと困るんやけど」
「じゃあ、崔君が3人の中で1番付き合いたいのは誰なん?」
「1番付き合いたいのは栞さんやけど、5歳か6歳、年が離れてるから、相手にしてもらえないと思う。だから、アタックするなら明美さんかなぁ、あ、朱美さんも4つくらい上か……難しいなぁ」
「ほな、とりあえず明美さんメインで攻略する方法を考えたらどうなん? 誰でもええねん。1番付き合いたいか? 1番付き合えそうか? それで決めたらええやん」
「いや、いやいや、やっぱり明美さんも付き合うイメージは湧かへん。やっぱり付き合うイメージが膨らむのは、1番歳の近い律子さんかも」
「ハッキリせえへんなぁ、イライラするわ。ほな、私が決めてあげるわ、律子さんにしとき! はい、決定! もう違う意見は受け付けへんからね」
「あ、ああ、それでええけど。ほな、それで? 具体的にどうするん? 律子さんをどうやって攻略したらええの? 何をしたらええのか? 全くわからへん」
「他の2人とも親しくなる方向で進めながら、メインは律子さん、それで行こうや! 一応、他の2人にも気を遣わないとアカンで。保険や、保険」
「うん、僕にはわからへんことやから、亜子がそう言うならそれでええよ。全面的に、亜子の指示に従うわ。僕は亜子のアドバイスを信じてるから。亜子は僕の師匠で、僕は亜子の弟子やからなぁ」
「律子さんの誕生日とか聞いてる?」
「あ、聞いてへんわ。しまった、聞いておけば良かった? ごめん、気がつかなかった。亜子、また怒ってる?」
「そんなことでは怒らへんわ。ほな、誕生日じゃなくてもええから、何か律子さんにプレゼントしたら? きっと喜ばれると思うで」
「うーん、それはええんやけど。それは全然ええんやけど……」
「ええけど? 何なん? 何か問題でもあるの?」
「問題があるねん。何を買ったらええのか? 全くわからへん。女性にプレゼントしたこと無いから。どうしよう?」
「アクセサリーがええと思うで」
「アクセサリーが良くても、どのアクセサリーがええんか? わからへん」
「しゃあないなぁ、わかった、ほな、私が買い物に付き合ってあげるわ。明日はバイト? 休み?」
「いや、バイトは無い。明日は空いてる。助けてくれるの?」
「ほな、〇〇駅に〇〇時でどう?」
「あ、選んでくれるの? ありがとう。マジで助かるわ。女子目線で選んでくれ」
「お待たせー! ごめん、待たせたやろ」
「いや、全然待ってへんけど。気にしなくてええで」
「私、15分も遅刻したで。ええの?」
「そのくらい、ええやんか。そのくらいで怒らへんわ。そもそも、今日は僕のために来てくれてるんやし」
「崔君、その優しさは、ええと思うで。崔君に10ポイントあげるわ」
「そうなん? 15分くらい、たいした遅刻じゃないと思うけど。それで、僕は何をプレゼントしたらええの? 全くわからへん」
「電話で言うたやんか、アクセサリーがええんとちゃう? 絶対に喜ばれるで」
「アクセサリーって、指輪? ピアス? ネックレス? 何がええの?」
「ネックレスが無難とちゃうかなぁ。もらっても身に付けやすいし」
「そやな、ネックレスやったらサイズを知らなくてもええしな。指輪やったらサイズを知ってないとアカンけど。ほな、ネックレスでいい? ネックレスにするで」
「そうそう、指輪はサイズを知らないとアカンし、重いから。それで言うと、ネックレスも重いんやけど、やっぱりもらったら嬉しいからね。ネックレスにしよう。はい、決定。お店は決めてるから、一緒に行こう!」
「お店には来たけど、これは男1人では入りにくいなぁ。それとも、慣れたら男1人でも気楽に入れるんやろか? あ、亜子、早速、選んでもらってもええかな?」
「うん、ええよ。そのために来たんやから。ちなみに予算は?」
「どのくらいの金額のがええの? わからんから、一応、10万持って来たけど」
「10万? 付き合ってもいないのに10万は重いわ。しかも高校生やで、崔君はバイト続けてるからお金があるんやろうけど、高価な物はもらう方も気を遣うで。そうやなぁ、2~3万のでええと思う。最初やから、それで充分やわ」
「わかった、ほな、選んでくれ!」
「うん、任せて! 私の好みで選ぶことになるけど、私の好みは一般的な女子目線やから大丈夫やで」
「全面的に亜子を信じてるから! よろしく!」
「これ! 崔君、これがええと思うで。値段よりも高そうに見えるし。めっちゃカワイイやん、これなら誰が見てもカワイイと思うはずやで」
「あれ? でも、これ1万5千円やで。安くない?」
「まだ付き合ってないんやから、このくらいの方が相手も受け取りやすいと思うで。大丈夫、値段よりも高く見えるから」
「そうかな? うん、僕は亜子を信じてるから、亜子の指示に従うわ。良かった、亜子が来てくれて。亜子がいなかったら、どのネックレスがいいか? 全然わからん」
「崔君は、私を信じ切っているから、見捨てられないのよね。あはは」
「亜子を師匠と呼んだ時から、亜子に従うと決めたんや。とことんついていくで。ほな、これを買うわ。あ、亜子、それは?」
「え? ピアスやけど。せっかく来たから私も何か買おうと思って」
「そのピアス、僕がプレゼントするわ」
「え! ええの? 崔君、気を遣わなくてもええで」
「いやいや、ええよ、このくらい。今日のお礼ということで。お礼にしては安いな、ごめん。今度、もっと高い物をプレゼントするからね」
「うーん、惜しいなぁ。崔君、モテる要素は沢山あるのに。なんで、世の中の女性は崔君の魅力に気付かへんのやろう?」
「そういう亜子も、僕をフッたやんか」
「だから、私には特別な男性(ひと)がいるからだって言ったでしょ」
「で、これ、買ったのはええけど、なんて言って渡そう? それが問題なんやけど」
「“ちょっとプレゼントです”とか、そこは変に考えなくてええんとちゃう? 重い感じはアカンで、軽い感じで渡すねん。そこは悩むところとちゃうで。渡すだけやんか、簡単やん」
「“3人いるのに、なんで私だけ?”とか言われるんとちゃうかな? それが心配やわ。そういう時、なんて言ったらええの?」
「ほな、“律子さんのことが好きなんで”って、正直に言ってみたらどう? 正直に言うのが1番やと思うけど」
「え! それって告ってるよね? 僕、告るの? いきなり? マジ? マジで言ってる? そんなんで大丈夫なの? なんか、めっちゃドキドキしてきたわ」
「うん、告ってると思われてもええと思う。でも、今後のことがあるから、“僕の片想いだから気にしないでくださいねー!”とか言葉を付け足したら? まあ、“好き”って言いにくかったら、“律子さんは僕にとって特別な女性なんです-!”とかでもええけど。でも、間違いなくこれで1歩前進するで!」
「うん、わかった。今の僕には、めっちゃハードルが高いけど」
買い物に付き合ってくれた師匠だった。僕の師匠は意外に面倒見が良かった。
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