第7話  崔は師匠が出来る!

 高校2年生の秋から、僕には恋愛の師匠ができた。その名は亜子。僕が中学時代の級友の中橋から3人連続で女子を紹介してもらった時に、1番最後に紹介された女子だった。小柄でかわいかったが、ストレートな発言をするので、正直に言うと苦手だった。僕に対して容赦が無い。何度も心を折られたことがある。ちなみに亜子の学校は女子校だった。男ばかりの高校では、女子と付き合えない男子が多いのに、女子校の女子は彼氏持ちが多いらしい。不公平だ。だが、僕は女性に慣れるところから始めないといけないので、しばらくは亜子師匠の指示に従わないといけない。


 亜子は、


「好きな人がいるので、崔君とは付き合えない」


と言ってデートで僕をハッキリとフッたが、


「崔君に申し訳無いから、崔君に彼女が出来るまでコーチしてあげる。女子目線で、いろいろアドバイスが出来ると思うから」


と言ってくれたので、その日から亜子を“師匠”と呼ぶことになったのだ。思いがけない提案だったが、僕はその時、希望の光が見えたような気がした。正直、何をどうやって改善したらいいのか? 全くわからなかったからだ。亜子は僕の救い、闇の中で藻掻いていた僕がやっと見つけた光明だった。


 亜子とは定期的に電話で話し、時々、会うこともあった。亜子はバイト先の社員を狙っていた。相手は30歳の妻子持ち、普通の恋愛と違って、不倫なのでなかなか思い通りにいかないようだった。ちなみに、亜子は自分が不倫していることを友人にも話していない。そりゃあ、高校2年生で“不倫してます!”とは言えないだろう。なので、亜子が不倫をしていることを知っているのは僕だけだった。その頃、僕は“女子と何を話せば良いのかわからない病”にかかっていた。小学校の高学年から、女子とほとんどまともに話していなかったからだ。そんな僕がどこまで成長出来るのか? 鍵を握っているのは亜子師匠だった。


 僕は“女子と上手く話せない重症患者”だったが、小学生の頃はまだ女子の方から話しかけてくれていたから気付かなかった。“女子と何を話したらいいのかわからない病”を自覚したのは中学1年生だった。女子になんと言って話しかければいいのか? わからない。たまに話しかけられたら照れ手隠しを通り越して挙動不審。休み時間は男子としか過ごさない。とても不健全な青春だったと思う。実は、僕は女子に興味津々だったのに。僕は体育の時など、女子のボディラインをチェックするほど女子が好きだった。だから、誰の胸が大きいのか? それも調査済みだった。なのに、“崔君は、女子に興味が無いんでしょ?”などと言われた。どうして、この溢れそうな煩悩が女子に伝わらなかったのだろうか?


 と、過去のことをいくら嘆いても仕方ない。これから、失ってしまった時間を取り戻さなければならないのだ。これからの人生、女性に困らないくらいの強キャラに変わってやる! 亜子に“アカン”、“ダメ”、“やり直し、もう一度!”とダメ出しされながらトークの練習をするのだ。亜子に言われたことがある。


「崔君は、女性を笑わそうとし過ぎやねん。ボケよう、ボケようとしてるやろ? ちゃうねん、笑わさなくてもええねん。一緒にいて楽しいと思わせることが出来たらええんやで。ボケなくても、相手を楽しませることが出来たらええんやから、ちょっと肩の力を抜いた方がええよ」

「ほな、具体的にどうしたらええの? ボケずに楽しませるって、出来るの? どうすればええの?」

「そやなぁ、相手の言うことに賛同したり、相手を褒めたり!」


 褒める? 顔から火が出るほど恥ずかしい。



 そんな或る日、また僕は亜子に電話した。


「今日、バイトの初日、行ってきたわ」

「どうやった? アイスクリーム屋やから女性が多いやろ?」

「うん、今日5人に会った。店長、副店長、チーフ、バイト、あとパートのオバチャンが1人。店長以外は女性やったわ」

「ええ感じやん、少しは女性陣とお話できた?」

「そんな余裕ないわ、初日やもん。これからおぼえなアカンことがいっぱいあるわ」

「それはそうやけど、どうなん? キレイな人とかカワイイ人はいた?」

「ああ、副店長もチーフもバイトも魅力的な女性やったわ」

「どんな感じの人?」

「みんなにこやかやで。副店長は栞さん、嫁にしたいタイプ、かわいい。なんか母性を感じる。でも、6歳も上やからなぁ……。で、チーフの明美さんは愛人にしたいタイプ、色っぽい。それでも4つか5つ年上やねんけど。あと、バイトの律子さんは恋人にしたい感じ、なんか爽やかで好感が持てるねん」

「良かったやん、アタック出来る女性が3人もいるやんか」

「でも、彼氏がいるかもしれへんで」

「何を言うてんの? 私なんか妻子持ちにアタックしてるんやで。彼氏がいても、そこで身を引いたらアカンで。私みたいに果敢に攻めたらええねん」

「うん、わかった。ほんで、具体的に僕はこれからどうしたらええんやろか? おぼえなアカン仕事が多くて、仕事中はあまり余裕が無いんやけど」

「ほな、最初の課題を出すで」

「うん、来い!」

「その3人と、1日に1回以上仕事以外の会話をすること。簡単やろ?」

「仕事以外の会話かぁ……簡単かなぁ? でも、うん、やってみるわ」



「崔君、1週間経ったで」

「うん、大丈夫! 課題はクリアやで」

「おお! マジで? ほんで、どんな会話したん?」

「え? “今日は寒いですねー!”とか、日常会話やけど。こういうのって大事やろ? 挨拶も大きな声で明るく振る舞えてると思うんやけど」

「崔君、あんた、アホか?」

「へ?」

「そんな会話、意味が無いやんか」

「意味が無い?」

「例えば、“休みの日は何をしてるんですか?”とか、“趣味は何ですか?”とか、“どんな映画が好きですか?”とか、“どんなアーティストが好きですか?”とか……ああ、もう、聞くことなんかなんぼでもあるやろ! とにかく相手の情報を探らなアカンやんか! 天気の話なんか1時間話しても意味無いわ! 会話は、相手のことを知る、そして自分のことを知ってもらうものやと思ったらええねん。相手のことがわからなかったら、どう攻めたらええのかもわからへんやろ?」

「なるほど、ほな、核心を突いて“彼氏いるんですか?”とか聞いたら良かった?」

「いきなりそれはアカンわ、それはもう少し親しくなってからやわ。崔君、親しさによって会話の内容は変わるんやで」

「そうなんや」

「どんな話をしたらええんか、イメージ出来た?」

「うん、イメージ出来たと思う。とりあえず“休みの日は何をしてるんですか?”から始めるわ。もしくは、“好きなアーティストは誰ですか?”とか。要するに、情報収集やな。確かに、僕は彼女達のことを何も知らないから」

「そうそう、そうやって共通の話題を探したらええねん」

「共通の話題かぁ……なるほどね。わかりやすいな。でも……」

「でも?」

「休みの日に何をしてるんですか? って聞いて、もし“デート”って言われたらどうしよう?」

「そんなの、言われてから考えたらええねん。まずはやってみないとわからへんやろ? 女子目線で言うと、そうやって消極的な男性は頼りなく見えるから気をつけてや。特に、崔君は年上を狙ってるんやから、男らしくないと。まあ、相手が年上やから、少しは甘えてもええと思うけど」

「そやな、あまり先のことを考えても良くないよなぁ。あと、男らしく? 了解」

「そうそう。ほな、2つ目の課題!」

「何?」

「3人と1日に2回以上、仕事以外の会話をすること! 天気の話なんかしてたらアカンで!」

「はい!」



 僕の師匠は優しくなかった。







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