第46話  崔は休憩する!


久しぶりに、亜子から連絡があった。


「もしもし、何?」

「××××のライブ見に行けへん?」

「ええけど、なんで?」

「チケットが2枚あるねん。崔君、ラッキーやなぁ」

「ほんまや-! めっちゃラッキーやわぁ! 嬉しい-!」

「あんまり喜んでへんなぁ」

「だって、また彼氏さんがいけなくなったから誘ってくれてるんやろう?」

「そうやけど、私とデート出来るんやから、もっと喜んでほしいわ」

「そやなぁ、嬉しいなぁ、ああ、嬉しい、嬉しい-!」

「崔君、童貞を捨ててからかわいくなくなったなぁ」

「いや、そんなことはないけど、わかった、行くわ」

「ほな、約束やで」

「わかった、いつ? どこ?」

「今度の土曜、○○時に○○会場、現地集合でいい?」

「それで、ええよ」

「良かった、このライブ、めっちゃ行きたいねん」



 ライブは楽しかった。ライブが楽しかった。亜子と一緒だから楽しいという感覚は無い。僕はそのことに気付いた。


 楓とは、どこへ行っても“この人と一緒なら、場所はどこでもいい!”と思うことが多かったが、その感覚は、亜子には当てはまらないようだった。愛でも恋でもなく、情が湧いているだけだ。そうだ、これは男女の友情だ。そう思った。でも、もしも亜子に“付き合ってくれ”と言われたら付き合うと思うけれど。



 ライブ後の食事。僕達は、雰囲気の良い居酒屋に入った。


「楽しかったなぁ」

「横に、こんなかわいい子がいるんやから、スゴイ楽しかったやろ?」

「そやな、うん、隣に亜子がいてくれたから楽しかった」


 ここは、亜子の機嫌をとっておく。


「そやろ? 崔君、私のこと、どう思ってる?」

「背が小さくて、顔も小さくて、かわいい。キレイと言うよりかわいい感じ」

「そやろ? 私、かわいいやろ?」

「うん、めっちゃかわいいで。ちょっと気が強いけど」

「それなのに、彼氏が私のことをどう思ってるかわからへんねん」

「え? 彼氏から愛されてるんやろ?」

「うん、“愛してるのは亜子だけや”って言ってくれる。

「ほな、ええやんか。ラブラブやろ?」

「“スグに嫁とは別れるから”って、もう何年言ってると思う?」

「亜子が高2の時からやから、あ! もう3年?」

「そやで、あっという間に二十歳になってしもうたわ」

「でも、短大卒業と同時に結婚するって決まってるんやろ? まだ時間はあるんとちゃうの? あ、いや、短大卒業も、もうそろそろかぁ」

「そうやねん、もしかして私、妻子持ちの男に遊ばれてるだけなんかなぁ。最近、不満やし不安やねん。どうしたらいいと思う?」

「誕生日は?」

「ネックレスをもらった」

「クリスマスは?」

「ブランド物のバッグをもらった」

「付き合った記念日は?」

「指輪をもらった」

「ほな、大丈夫とちゃうか?」

「そうかなぁ、プレゼントで誤魔化してない? どう思う? これ、大丈夫なん?」

「うん、記念日を大切にしてくれるのなら、きっと亜子のことを大切に思ってるわ」

「うーん、私、崔君と付き合ったらよかったかなぁ」

「え? 僕? 僕じゃ亜子を幸せに出来へんで、多分。……僕はまだ弱いから。僕はもっと強くならないとね」

「崔君のことを好きになれていたら、普通の恋人の関係やったんやろなぁ」

「ほな、僕と付き合える? 付き合ってみる? 付き合ってくれるなら、セ〇レとも別れるで」

「セ〇レがいるってスゴイよね。そうやなぁ、崔君と付き合っちゃおうかなぁ」

「おお! マジ? 僕は、いつでもええで」

「アカン、ごめん、やっぱりアカンわ。崔君のことは“お友達認定”してしまったから、今更男と女の関係にはなられへんわ」

「何やそれ、結局それが結論かいな」

「でも、妻子持ちの彼氏と付き合うって、スゴイしんどいねん。わかる?」

「風俗嬢と付き合ったことがあるから、わかる部分もあると思う」

「彼氏が、奥さんを家で抱いてたらどうしよう?」

「彼女が仕事で他の男に抱かれてるとき、ツラかったなぁ」

「崔君も、悲しい恋をしてたんやね」

「まあね。ところで、ホテルに行かへんか?」

「なんで、急にホテルなん?」

「体から始まる恋愛もあると思うから」

「変な冗談はやめてや。ああ、もう、イライラする。彼のことを考えるとイライラするねん。ライブは楽しかったのに、彼氏のことを考えたら台無しや」

「なんで? 不満や不安があるなら、彼氏本人に直接ハッキリ言ってみたら?」

「いつも言うてるわ、最近は特に、不満と不安を伝えてる。ほな、“もう少しだけ待ってくれ”って言われる。そして、今、3週間も会えてないねん。連絡も出来へんし」


 ※まだ携帯電話が一般に普及していない時代。


「崔君! また彼氏の家に電話してや」

「またかよ、それ、僕は何も得せえへんのやけど」

「今から彼氏を呼び出してや。もし、来んかったら、私は崔君とホテルに行くから」

「OK! 電話する」


「もしもし」

「はい。崔と申します。お仕事の件で、大悟さんをお願いします」

「はい、お電話かわりました」

「あ、僕、亜子ちゃんの友人なんですけど、今から会いたいから、いつもの居酒屋に来てほしいとのことです。じゃあ、失礼します」

「わかりました、行きます!」


 来るな! 来るな! 来るな! 来るな! 彼氏が現れなければ、僕は亜子を抱ける。


「で、いつまで待つの?」

「1時間だけ待つわ」

「えー! 1時間? 長くない?」

「彼氏の家からの距離を考えたら、1時間以内には絶対にこの店に着くはずやねん」

「1時間か、長いなぁ。なあ、もう諦めてホテルに行こうや」

「まだ15分しか経ってないやんか」

「なぁ、僕達って、そういう関係になりそうでならんかったやんか、もうそろそろ、そういう関係になってもええんとちゃうかなぁ?」

「そういうことをしてへんから友達でいられてるんやで、してしまったら友情がどっか行ってしまうやんか」

「そういうことをしても、僕は亜子の味方やし、亜子の友人として付き合えるで」

「崔君、女性を口説くのが上手くなったなぁ、ビックリするわ。昔の焦れったいくらいに消極的だった崔君が懐かしいわ」

「そうかなぁ、自分では気付かへんけど」

「崔君は成長したんやね。今、私よりも経験人数が多いもんね」

「恋愛と言うには、短すぎるけどな」

「そんなことはないで、恋愛してた時、めちゃくちゃ楽しかったやろ? その経験が、今活きてるで。崔君、カッコ良くなったわ。もう、師匠も要らんよね」

「って、なんやかんや話してる間にあと10分やでー!」

「ほんまや、どうしよう。こうなったらヤケや! 崔君、ホテルに行くで」


 亜子の彼氏が現れたのは、制限時間の5分前だった。

 来やがった! 来やがった! 来やがった! 来やがった!

 来てしまった! 来てしまった! 来てしまった! 来てしまった!

 僕と亜子のホテル行きが無くなった瞬間だった。


「来てくれたんやね」

「当たり前やんか、しばらく連絡出来なくてごめんな」


 2人は周囲の目も気にせずハグとキスをした。僕は邪魔者。スッと退散した。


 亜子とは、結ばれそうなタイミングが何度かあったが、結局結ばれることは無かった。縁が無かったということだろう。今思えば、結ばれなくて良かったかもしれない。こういう男女の友情を感じられる相手は少なかったから。



 亜子は、数年後、結婚してアメリカへ行ったらしい。それからのことは知らない







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