第45話 崔は撃沈する!
付き合って、2ヶ月余り経った頃、突然、ソフィアが言った。
「急ですが、アメリカに帰ることになりました」
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。ソフィアのご家族に挨拶したいから」
「NO!!!!!それはだめです」
全力で拒否されてしまった。思いっきり拒否されたことに驚いてしまった。僕はソフィアとの未来を思い描くようになっていたのだ。金髪白人美人が嫁! 想像すると、とても幸せな未来だ。幸せな未来だったのに……。どういうこと?
「どうして、ダメなの?」
「アメリカには婚約者がいます」
「え? マジ?」
「本当は、もう少し日本にいるつもりでした。でも、父が病気になってしまいました。父が元気な内に、式を挙げることになったのです」
「それじゃあ、僕はソフィアにとってどういう存在だったの? ただの遊び?」
「NO! 遊びではありません。私は崔君のことを愛しています。崔君は日本の恋人です。大好きな男の子です」
「僕と結婚するというのは無理なの? 卒業まで待ってくれたら、幸せにするよ」
「アメリカに帰ったら、アメリカには婚約者がいます。その婚約者が、私にとって1番なんです。崔君は、2番です。2番目に愛しています。ちゃんと崔君を愛しています。誤解しないでください。ごめんなさい、傷つけてしまって」
「いつ帰るの?」
「今月の終わりです」
「それまで、僕はどうしたらいいの? もう、この部屋には来ない方がいい?」
「私が日本を去る日まで、今まで通り、私の側にいてください。崔君は、私の日本での恋人ですから。ダメですか?」
「わかった。本当はそんなのは嫌やけど、引き止めても無駄なんやろ? もうアメリカの婚約者と結婚することは決まってるんやろ? だったら、それでええわ、ほな、荷造りとか手伝うで」
「崔君、わかってくれましたか、崔君ならわかってくれると思っていました。ありがとうございます」
「もう1回聞くけど、婚約破棄して僕と付き合うということは無いんやろ?」
「無いです。ごめんなさい。私、アメリカで幸せな花嫁になります」
「はいはい、ああ、そうですか」
足元から崩れるような感覚。そして絶望。人は一瞬で絶望するのだと知った。絶望しても、エンディングまで恋愛ゲームを続けなければならない。バッドエンドだとわかっているゲームを続けるのは本当にしんどい。
ということで、僕達は、ソフィアが家を出るまでは、いつも通りを演じた。もう終わりがわかっているから、あくまでも楽しいフリ、嬉しいフリ。全て演技。心の中では大切なものを失う喪失感が大きくなっていたのに。僕はやっぱり恋人と長続きしない。僕はそういう星のもとに生まれているのだろうか? ソフィアがいない時、何度か、泣いた。恥ずかしいけれど、何度か泣いてしまった。でも、ソフィアには最後まで笑顔を見せ続けた。最後まで笑顔を見せ続けると、僕は決めていたから。
僕は、飛行場までソフィアを見送りに行った。
ソフィアと、最後のハグをする。そして最後のキス……。周囲を見渡したら、同じように人前でハグやキスをしているカップルが沢山いた。あの人達は、再会できるのだろうか? 僕達のように再会ができないお別れなのだろうか? どちらにしても、別れはツラい。
「崔君、私が帰ったら、早く素敵な彼女を見つけてください」
「ソフィアを失うのが悲しくて、寂しくて、とても新しい彼女を探す気分になれないよ、当分は布団を被って泣くかもしれない」
「ダメです。崔君は素敵な男の子です。私、崔君と出会えて良かったです。夜は、毎晩求めてしまいました、恥ずかしいです」
「それも楽しかったし、嬉しかった。そういうことも貴重な思い出だ」
「崔君は、“プロに教え込まれた”と言ってましたが、何を教えてもらったんですか?」
「細かいテクニックもいろいろ教えてもらったけど、1番大切なことは1つだけやで」
「その1つって、なんですか?」
「“自分が気持ちよくなることよりも、相手が気持ちよくなることを優先する”ということだよ」
「Oh!素敵な元カノさんですね。崔君は、その人に出会えて本当に良かったですね」
「うん、その人に会えて本当に良かった」
「じゃあ、私、行きますね」
「さよなら、間違っても、花嫁姿の写真なんか送ってこないでね」
「送りません。そんなヒドイことをするように思いますか?」
「ははは、思わないから安心して」
「でも、もう、2度と会えないと思います」
「わかってる」
「崔君、必ず幸せになってください」
「ソフィアも、幸せになってほしい」
「じゃあ…」
飛び立つ飛行機を見上げながら、やっぱりみんなに“彼女が出来た”と言わなくて良かった、と思った。“付き合いました”、“別れました”ではカッコ悪すぎる。ソフィアとの時間は、僕の心の中に閉まっておこう。
何故か、何をやってもうまくいかない。ただ、普通の恋人が欲しいだけなのに。僕は、何をやる気も無くなった。抜け殻になってしまったのかもしれない。もう、笑顔を作ることもしばらく出来ないかもしれない。まあいい、ケーキ屋のバイトに専念しよう。学校とバイトだけで、充分自分を忙しくすることが出来る。忙しくなれば、嫌なことを考える暇も無いだろう。
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