第36話 崔は嫌な予感がする!
「あのな、聡子」
「何?」
「合コンに誘われたんやけど、行ったらアカンよね?」
「うん、アカン」
「ほな、行かんとくわ」
「行きたいの?」
「いや、人数合わせで誘われただけやし、断るのは簡単や。安心してや、行かへんから」
「ほな、相談せんと、即答で断ってくれたらええのに」
「何でも聡子に相談するようにしてるから」
「私がヤキモチ焼くの、知ってるやろ? あんまり不安にさせんといてや」
「なんでも話してるから安心やろ? でも、ヤキモチ焼かれるのが嫌で元カレと別れたんやろ? 聡子って変わったんやね」
「うん、変わった。崔君は、私にヤキモチ焼かないんやね」
「ヤキモチ焼くようなことしてるんか?」
「ううん、してない」
「そやろ、僕は聡子を信じてるから」
僕達は、何でも正直に相談し合った。隠し事は、多分、無かったと思う。
「崔君、はい、チョコレート」
バレンタイン、初めて彼女からもらうチョコだった。“ついに、ここまで辿り着けたか!”僕は感無量だった。
「崔君、どないしたん?」
「感動してるねん」
「なんで感動してるん?」
「彼女からチョコ貰うの初めてやから。開けてみてええかな?」
「うん、開けてみて」
「こ、これは?」
「うん、手作りやで」
「手作り? これ、食べようかな? 大事にしまっておいた方がええんかな?」
「何を言うてるん、食べてや」
「ほな、食べるわ。うわ、めっちゃ美味しい」
「ほんまに? よかった」
「プール、カウントダウン、バレンタイン、夢がどんどん叶っていく。僕、こんなに幸せでええんやろか?」
「崔君はええなぁ、些細なことで思いっきり喜んでくれるから」
「些細なこととちゃうで、全部、僕の夢やったんや。あとは、浴衣姿の聡子と花火を見に行けたら、また夢が叶うんやけど」
「そのくらいの夢、私が叶えたるわ」
「うん、浴衣でお願いね」
「ところで、一つ話があるねんけど」
「ん? 何かな」
「合コンに誘われてんねんけど、行ったらアカンよね?」
「嫌やけど、行きたいの?」
「うーん、どうやろ、正直言うと、ちょっと行ってみたいねん」
「相手は、どんな人達なの?」
「大手証券会社の人達。大企業に勤めている人がどういう人なのか、ちょっと見てみたい」
「やっぱり行きたいんやな」
「うん、アカンかなぁ」
「ええよ、行っておいでや」
「え? 嫌とちゃうの?」
「嫌やけど、束縛はしたくないねん。それに、聡子のことを信じてるし」
「ほな、どんな雰囲気か、ちょっとだけ覗いてくるわ」
「いってらっしゃい、気をつけて」
その時、嫌な予感はしていた。
合コンへ行ってから、聡子は明らかに僕と距離をとるようになった。多分、嫌な予感が的中したのだろう。それから僕は、終わりを待ちながら聡子と付き合っていた。
だが、会えば積極的に求められる。聡子の迷いが感じられた。
だが、やがてその日が来た。
激しく抱き合った後、僕の腕枕で聡子が言った。
「あのな、崔君、話があるねんけど」
「うん、何?」
「私、気になる人が出来てしまった」
「この前行った、合コンで出会った人?」
「そやねん、一人、私のことを気に入ってくれた人がいて、私もその人のことが気になるねん」
「多分、そういうことやろうと思ってた」
「え、気付いてた?」
「うん、だって、明らかに聡子の態度が変わったもん」
「ごめんな、私、“結婚を前提にお付き合いしたい”って言われてるねん」
「大手証券会社の社員と結婚、まあ、悪くないゴールやろな」
「うん、将来のことを考えたら、これはチャンスだって思えてきて……」
「僕も学校を卒業したら大企業に就職するつもりやねんけど」
「その間に、私が歳をとるやんか、もし、それで歳をとって別れたりしたら最悪やん」
「なるほど。不安になるのは、よくわかった」
「せやから、ごめんやけど、崔君とは別れようと思うねん」
「もう、その素敵な彼には抱かれたんか?」
「まだやで。でも、2,3回デートしたから求められてる」
「二股かけたら?」
「そんなこと出来へんわ」
「ほな、これで終わりやな。聡子の気持ちが離れたんならしゃあない」
「別れてくれるの?」
「うん、結婚を考えたら、学生の僕より証券マンを選びたくなるのはわかるから」
「なんか、あっさりやな。もっと、引き止めてくれると思ってた。私、自惚れてたんかな」
聡子が泣き始めた。僕は、バッグから小箱を取りだした。
「はい、あげる」
「何、これ」
「少し早いけど、ホワイトデーのプレゼント」
「開けていい?」
「うん、開けて」
「あ、ピアスや。ありがとう」
「僕からの、最後のプレゼント。今まで、ありがとう」
その晩、聡子はなかなか泣き止まなかった。
「強く引き止めてくれたら、崔君を選ぶことも考えてたんやけど」
聡子の一言が胸をえぐった。
自分から別れ話を初めておいて、まるで僕が悪いみたいじゃないか。僕は、聡子の幸せを思って身を引いたのだ。聡子の言葉を理不尽だと感じたが、僕は何も言わなかった。
多分、これでいい。まだ将来が見えない僕といるよりも、新しい彼と付き合った方が確実に幸せになれるだろう。僕はブレない。僕は聡子の幸せを本気で考えたんだ。
「幸せになってや。僕は幸せに出来へんかったみたいやね、ごめんな」
それだけ、口に出した。
「崔君と過ごした日々は、幸せやったで」
聡子が言ったが、その一言でも、僕は救われなかった。僕はフラれたのだ。フラれたのだという事実は、何も変わらない。だが、今回はまだ耐えられる。聡子には悪いが、楓を失った時の方が遙かに辛かった。
聡子と別れて、バイトに行きづらいのでバイトを辞めようと思ったが、偶然にも聡子が他の店舗に異動になったので、バイトは続けることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます