第31話 崔は連れて行かれる!
最近、楓はサボリがちだった仕事をサボらずに行くようになった。帰ってから僕を求めて、僕の腕枕で眠るのは変わらないが、口数が明らかに減った。僕は楓が変わってしまったことを指摘しようか? どうしようか? 迷ったが、結局、楓にストレートに聞いてみた。僕は常に楓を知りたいのかもしれない。
「楓ってさぁ」
「何?」
「最近、あまり喋らなくなったよね」
「そうかなぁ、自分ではよくわからんけど。崔君がそう言うならそうかもね」
「仕事の愚痴とかも言わなくなったやんか? どないしたん?」
「え? だって、聞くのツライやろ?」
「なんで?」
「私の仕事、嫌なんやろ? 他の男に抱かれるのが嫌なんやろ? 私の仕事の話なんて、聞くのも嫌なんとちゃうの? 正直に言ってや」
「話してスッキリすることもあるやんか、僕はいつでも、いつまでも聞くで。どんな話でもええねん、僕は楓の悩みを聞きたいと思ってる。楓のことを知りたいから」
「なんで、嫌やのに、そんなに聞こうとするの?」
「僕に出来ることって、少ないから。でも、聞くことは出来る。話してスッとすることやったら、聞きたいねん」
「崔君らしいなぁ、そういうところ、嫌いやないで。ほな、話してもいい?」
「そうこなくっちゃ」
楓は、以前のように仕事の愚痴を吐き出した。お客さんに対する不満が圧倒的に多かったが、たまに店に対する愚痴もあった。
だが、楓は急に口を閉じた。
「どうしたん?」
「崔君、今日のお喋りはここまでにしよう。なぁ、抱いてや」
「え? どうしたん?」
「今は、言葉はいらんねん。ギュッと抱き締めてほしい」
僕は、言われるがままに楓を抱き締めた。
「こうしてると、すごく落ち着くねん」
「そうなんやぁ、ほな、飽きるまで抱き締めるわ」
しばらくの間、僕達はただ抱き締め合っていた。確かに、言葉はいらない。1時間話すよりも、1度抱き締めた方が想いが通じ合うような気がした。僕は楓を求めていたし、楓は僕を求めてくれていた。こんなに幸せなことがあるだろうか?
「崔君」
「何?」
「優しく抱いてや」
「ええよ、いつもより優しく抱いたらええの?」
「女の抱き方は教えたやろ」
「うん。教わった」
「崔君は、私が育てたもんなぁ」
「うん、僕は楓に教え込まれたで」
「ごめん、ちょっと私好みに教え込んでしまったかもしれへんわ」
「楓の好みに育ててもらえて嬉しいよ」
「なぁ、ベッドに行こうや」
「うん」
その日を境に、楓とは言葉よりも身体で語り合うことが増えた。
無言でイチャイチャしたり、抱き締め合ったり、抱き合うことが増えた。
楓の口数が少なくなったことが、やっぱり僕はなんとなく怖かった。
この暮らしが無くなってしまうような、嫌な予感がした。
基本的に僕はマイナス思考だ。ダメだ、プラス思考で考えよう。
或る日、楓の家で楓の帰りを待っていると、また玄関チャイムが鳴った。
ドアののぞき穴から覗くと、この前の2人組だった。最初は、出ない方がいいと思った。だが、延々チャイムが鳴るので、諦めてドアを開けた。楓のためには、出て良かったのか悪かったのかわからないけれど、僕は、何故か“出るべき”だと思ったのだ。この部屋で怯えながら2人組が去るのを待つなんて、そんなことは出来ない。また、楓を泣かせてしまうことになるかもしれないのだけれど。
「はい」
「おお、兄ちゃん、久しぶりやな」
「この前お会いしてから、まだそんなに経ってないですよ」
「ごめんやけど、またちょっと来てくれへんかな」
「わかりました」
僕は楓の家を出た。2人組の後をついていく。辿り着いたのは、またこの前の路地裏だった。
「またここですか? 路地裏が好きなんですね」
「ははは、兄ちゃん、おもろいこと言うやんけ」
「また暴力ですか? ほな、はい、どうぞ」
「兄ちゃん、今日は兄ちゃんに話があるねん」
「なんでしょう?」
「兄ちゃん、楓ちゃんと別れてくれへんか?」
「嫌です」
「兄ちゃん、大人の言うことは、素直に聞いといた方がええで」
目つきの鋭い男の目の色が変わるのがわかった。
「僕は、別れません」
「俺は、別れろって言うてんねん」
「なんで別れないとアカンのですか? 楓は真面目に仕事に行ってますよ」
「それがな、楓ちゃん、仕事には来るんやけど、最近、勤務態度が悪いらしいねん。指名が減ってきてるらしいわ」
「そうですか、でも、楓は一生懸命働いてると思いますよ」
「せやけど、常連さんが離れていったらどうなると思う?」
「稼ぎが悪くなるってことですか?」
「ピンポーン、大正解」
「で、それは僕のせいやと?」
「それしかないやんけ、今、楓ちゃんは恋愛したらアカンねん。もう少し頑張って、借金を全部返すまで恋愛はお預けなんや」
「それでも、僕は別れません」
「そやろな、兄ちゃんやったらそういうと思ってたわ」
「それで? 結局、また暴力ですか?」
「また暴力や、クソガキが!」
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