第29話  崔は訪問者と会う!

 それからしばらく、楓は仕事を休みがちになった。いつも“しんどいねん”というので、“大丈夫? 具合悪いんか?”と聞いても、“体は大丈夫やねん、気持ち的にしんどいだけやから、そんなに心配せんでええよ”と答える。そして眠る。もしくはゴロゴロする。僕は心配していたが、楓が仕事を休むと嬉しかった。楓が他の男に抱かれずにすむからだ。楓は、仕事を休むとずっと僕とイチャイチャしていた。


 楓が休みの日、僕は楓を独占できる。それはものすごく贅沢なことだと思う。だが、それは彼氏である僕に与えられた特権だ。そう、楓に選ばれたのは僕なのだ。幸せな時間、この時間があるから、僕は楓と別れられない。別れたくなんかない。



 その日は、楓は仕事に行って、僕は楓の家で楓の帰りを待っていた。

 すると、珍しく玄関チャイムが鳴った。


 ピンポーン。


 当然、僕は出なかった。ここは楓の家だ。僕が出ればマズイかもしれない。僕はベッドに寝転がった。


 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。


 玄関チャイムが延々鳴り響く。何か非常事態なのかもしれない。これはさすがに出た方がいいのだろうか? 出たら楓に怒られるだろうか? 出ようかどうしようか? 迷っている間にもチャイムは鳴り続ける。気は進まなかったが、僕は、恐る恐るドアを開けてみた。この時、ドアを開けなければ良かったのだ。僕の判断は間違っていた。この時のことを、後で後悔することになる。楓を苦しめることになったからだ。


 スーツ姿の2人組の男達が立っていた。1人は小柄で色黒、目つきの鋭い男。もう1人は、僕よりも二回り大きい男だった。


「ほら、やっぱり男がおったやろ」


 目つきの鋭い男が大男に言った。


「そうですね」


 体格のいい男が簡潔に答えた。二人とも、昼間の仕事をしているような雰囲気ではなかった。


「君、楓ちゃんの何なん?」


 目つきの鋭い男が僕に話しかけてきた。嫌な予感しかしない。


「え? 友人ですけど」


 さすがに、ここで“彼氏です!”とは言わない方がいいだろう。楓の立場が悪くならないようにするには、穏便にすませなければいけない。例え相手が怪しい2人組だとしても。この時点で、僕はこの後自分がどうなるのか? 想像が出来た。


「友人ねぇ、友人が家で帰りを待つんかいな」

「……」

「最近、楓ちゃんが仕事を休みがちやねん」

「そうですか」

「まだまだシッカリ働いて借金を返してもらわな俺等が困るねん」


 そうか、この男達は借金取りだ。憎い。こいつらのせいで、楓は日々身体と心を削られているのだ。僕は男達を睨みつけた。睨んでも仕方がないのだが、睨むことをやめられない。これも、若さ故のことだったのだろうか?


「そんなスゴイ目で睨まんでもええやんか、兄ちゃん」

「それで、御用は何でしょうか?」

「今日は、楓ちゃんはおらんのか?」

「仕事に行ってます」

「そうか、ほな伝言だけ頼もうかな」

「伝言って、何でしょうか?」

「そやな、伝言は兄ちゃんの身体に刻むわ。ちょっと来てくれや」


 嫌な予感は的中したが、ここで、ついていかないわけにはいかない。僕は男達についていった。ついていったからといって、事態が好転するか? というと、そうじゃないかもしれないが。その時、他の選択肢が僕にあっただろうか? いや、無い。


 僕はマンションの近くの路地裏に連れて行かれた。


「俺、兄ちゃんのこと嫌いやわ」

「そうですか」

「まだ俺を睨んでるから、可愛げが無いわ」

「そうですか」

「ビビってオドオドしてくれた方が、こっちも手加減してやろうという気になるんやけどな」

「そうですか、ほな、早よ、伝言とやらを刻んで帰ってくださいよ」

「ほな、そうするわ」

「!」


 僕は、鼻に頭突きを入れられた。鼻血が溢れる。だが、まだ立っていた。鼻を確認した。大丈夫だ、折れてはいない。


「折れてへんやろ、手加減しとるわ」

「もう終わりですか?」

「ごめん、もうちょい伝言刻むわ」


 腹に蹴りをもらった。腹を押さえてくの字になると、顔の位置が下がる。顔に膝蹴りを入れられた。


 “痛い!”


 痛いなんてもんじゃない。鈍い痛みと鋭い痛みが同時に襲ってくる。だが、ここで“痛い”と思ったら動けなくなるので、“痛くない、痛くない”と自分に言い聞かせる。短時間なら精神力でなんとかなることがある。が、流石に僕は膝を突いた。頬を何度も蹴られる。大丈夫、多分、骨は折れてない。相手は相当喧嘩慣れしているようで、骨が折れない程度に絶妙な手加減をしている。だが、例え骨が折れていないとしても、痛いものは痛いのだ。だが、僕は打たれ強い。決して倒れない! というよりも倒れたくない。そう思いながら、いつ終わるかわからない暴行に耐え続けた。

 

 だが、やがて僕は地に伏した。



「兄ちゃん、まだ終わりとちゃうで」







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