第27話 崔は無理して笑う!
だが、或る日、楓が言った。
「崔君、最近、無理してるやろ?」
「え? なんでそんなこと言うの?」
「最近、絶対に元気が無いもん。私のことが重くなってきたんとちゃう?」
「別に、重くないで」
「正直に答えてや、崔君、私の仕事が嫌なんやろ?」
「正直に答えたら、楓が風俗で働くのは嫌やで。お客さんにヤキモチ焼いてしまう。でも、しゃあないやんか。僕に、楓に風俗を辞めされられるだけの力が無いんやから。事情も知らんのに気軽に“辞めろ”とも言われへんやんか」
「やっぱり、嫌やったんや」
「ヤキモチくらい、焼かせてや。アカンか? 好きやからヤキモチ焼くんやで。ヤキモチ焼くのは好きな証拠やで」
「そう言われたら、私、なんて答えたらええんかわからへんけど」
「僕がヤキモチ焼くからって、楓は僕と別れるつもりなん? 僕は別れたくない。ヤキモチ焼きながらでも一緒にいたいねん」
「私も、崔君と一緒にいたい」
「ほな、今まで通りでええやんか」
「うん。わかった。今まで通りでええよ。そういえば、崔君には、なんで私が風俗で働いてるんか話してなかったなぁ」
「うん、聞いてない」
「お父さんの借金を払ってるねん」
「そうやったんや」
「早くにお母さんと離婚して、私とお母さんを捨てた遊び人のお父さんやけど、それでも私のたった一人のお父さんやねん」
「ちょっと、ヒドイ父親なんやね、でも、たった一人のお父さんやもんなぁ」
「風俗で働かなアカンくらいの金額やけど、毎月、確実に借金は減ってるねん」
「そうかぁ、ツライところなぁ」
「まだ、しばらく風俗は辞められへんわ」
僕は楓を抱き締めた。
「ごめんな、プリテ〇〇〇ーマンみたいに風俗を辞めさせられなくて」
「そんなこと期待してへんよ。前から言うてるやろ、崔君はそばにいてくれるだけでいいねん」
「そばにいるで。せやけど、僕やなくて、もっと金持ちの男とかイケメンと付き合った方がええんとちゃうの? 僕でええんかな? って、いつも思うねんけど」
「お金持ちとも付き合った、イケメンとも付き合った。いろんな男と付き合った結果、私は崔君を選んだんやで。だから、もっと自分に自信を持ってや!」
「ありがとう……」
僕達は、離れられなかった。嫉妬の沼に溺れながら、それでも楓のそばは暖かかった。
楓は、月に2回ほど休みの日に“用事があるから”と言って外出する。そして終電くらいの時間に疲れて帰ってくる。何をしにどこへ行くのかは知らない。楓が話さないということは、僕は知らなくても良いということだ。
その日も、朝から楓は出かけた。その日は僕も学校が休みだったので暇だった。仮眠をとって、目が覚めて、それから眠れなくなって、終電が近い時間になったので、駅まで楓を迎えに行くことにした。
駅の出口で待っていると、ロータリーに高級車が止まった。何気なく見ていると、車から楓が出て来た。続いて運転席からスーツ姿で白髪の紳士が出て来た。二人は抱き締め合い、長いキスをした。そして、紳士が運転席に戻り、車は去って行った。楓は車が見えなくなるまで手を振っていた。
それから、疲れたような足取りでこちらへ歩いて来た。僕は、一瞬隠れようかとも思ったが、何もやましいことは無いのでそのまま立っていた。当然、楓は僕に気付いた。思ったよりも驚かせてしまったようだ。
「崔君! なんでここに?」
「楓を迎えに来たんや。電車やと思ってたから」
「もしかして、私のことずっと見てた?」
「うん、見てた」
「あのオッチャンとキスしているところも?」
「うん、見てた」
「私、最低やな」
「なんで?」
「仕事でキスはしないって言うてたのに」
「やっぱり、あれは仕事やったんやね?」
「うん。私、あの人の愛人もやってるねん」
「そうやったんや、お疲れ様」
「キスするのは、崔君だけって言ってたのに、ごめんね。崔君は、私がキスしてるところを見てどう思った?」
「え? 僕以外にも特別な人がおるんかな? って思った」
「違う、違うねん、崔君は本当に特別やねん」
「そうなんや、それなら良かった」
「崔君は、これで納得出来るの?」
「うん、楓はいつも間違ってないから。楓の行動を否定はせえへんよ。行動には理由があるから、何か理由とか事情があるんやろ? 話したくなかったら言わんでもええよ。あ、聞いた方がいいなら聞くけど」
「崔君は、いつも私を責めないんやね」
「責める理由が無いやんか、なんで、そんなに気にするの?」
「キスは特別に崔君だけって、私は嘘をついていたから」
「せやけど、僕が1番特別なんやろ? わかってるで。特別やなかったら、毎日楓の家で過ごすなんてことは無いやろし」
「わかってくれてる?」
「うん、ちゃんとわかってるで、僕なら大丈夫や」
「許してくれるの?」
「最初から許してるわ。もうええから、家に帰ろうや」
「崔君」
「何?」
「私、もう死にたい」
楓が泣き始めた。僕は楓をギュッと抱き締めた。僕はただ抱き締める、ただ抱き締めるだけ。
「大丈夫、大丈夫やから」
僕は繰り返し楓を慰めた。楓の涙はなかなか止まらなかった。
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