第26話 崔はすり切れる!
楓と付き合ってしばらくすると、僕に重大な変化が生じた。
楓の仕事に、いつの間にかヤキモチを焼くようになったのだ。
楓の仕事は、男に抱かれることだ。楓の家で仮眠を取ろうとしても、“今頃、楓は他の誰かに抱かれてるんだなぁ”と思うと、嫉妬で狂いそうになって目が冴える。僕は次第に眠れなくなっていった。
“お仕事頑張ってね”と素直に言えない。それがツライ。お仕事を頑張る=Hを頑張るということだからだ。頭を掻きむしり、胸がえぐられるような感覚を味わう。
でも、無責任に風俗の仕事を辞めろなんて言えない。何か事情があってしているはずだからだ。僕は、自分に力が無いことを日々痛感した。今までは、頑張れば何でも出来るような気がしていたのに。そんなのは若さ故の錯覚だった。
僕に、楓が風俗で働かなくてすむようにする力があればいいのだが、学生では何も出来ない。“学校を辞めて働こうか?”と真剣に考えたこともある。だが、それも辞めた。普通のサラリーマンの収入では、きっと楓は救えない。
僕に出来ることといえば、楓の癒やしになることだけ。楓は、“崔君といると癒やされるから、そばにいてくれるだけでいい”と言う。でも、僕はもっと楓に何かしたい。この気持ちはどうしようもない。
そんな日々が、正直、段々と辛くなってきた。
楓が帰って来る前に、仮眠をとれていようがいまいが灯りを点ける。楓が、灯りの点いた部屋に帰って来ることを喜ぶからだ。
そして、
「ただいま」
と言う楓を、
「お帰りなさい、お疲れ様」
と、笑顔で出迎える。それから、しばらくハグとキスをする。これが習慣になっていた。
食事をしながら、その日の仕事の愚痴を聞く。話を聞いている内に、話している楓より僕の方が客に腹が立ってエキサイトしてしまうこともしばしばだった。楓は、そんな僕の頭を撫でる。
「なぁ、僕に出来ること、もっと無いの?」
「そばにいてくれるだけでええって言うてるやんか」
「なんか、僕って役立たずやな」
「そんなことないで、好きな人と一緒にいたいっていう気持ちは、崔君もわかるやろ? 私は崔君と一緒にいられて幸せやで」
「それはわかる。僕も大好きな楓と一緒にいたくてここにいるから。わかるんやけど……やっぱり、楓の役に立ちたいよ」
「わかってくれてるんやったら、それでええやん。うーん、そうやなぁ、ほな、一つお願いしてもいい?」
「何? 僕に出来ることやったら何でもやるで!」
「今日も抱いて!」
「なんやねん、それ。抱くよ、抱くけど、本当にそんなんでええの?」
「ほな、言うけど、崔君がどれだけ私の支えになってるかわかってんの?」
「僕が支えになってる?」
「うん。正直に言うわ。今、“仕事が終わったら崔君が待っててくれてる”と思いながら仕事してるねん。崔君がいてくれるから、仕事も耐えれるんやで」
「え? そうなん?」
「これでわかったやろ。崔君がいてくれるって、私にとってはそれだけ大事なことやねん。崔君は私の支えなんやで。自信を持ってドーンと構えてや」
「うーん、わかった」
僕は、ほんの少し役に立てていることがわかって、ほんの少しだけホッとした。
僕の腕枕で楓は寝る。学校のある日、僕は楓を起こさないように出て行く。目を覚ました楓が、少しでも寂しがらないように、パンとハムエッグをダイニングテーブルに置いていくのだが、僕は毎日メモを添える。メモには、“おはよう、無理しないでね”など一言、二言を書く。これだけのことを、楓が喜んでくれるので続けている。
学校の無い日は、そのままゆっくり眠る。そういう時は、楓が先に起きていることが多い。僕が起きるのを待っていてくれる。僕が起きてから、一緒に食事をする。
楓が休みの日、出かけることはあったが、楓が“家でゆっくりしたい”と言うことが多かった。そんな日は、ずっと部屋でイチャイチャしている。楓は映画が好きだったので、部屋で一緒に借りてきた映画を観ることも多かった。
なんでもないような日常だった。いつの間にか半同棲状態になっていたが、他のカップルもこんな感じなのだろうか? 楓と僕の過ごす日々が普通なのかどうか、楓としか付き合ったことが無いので、僕にはわからなかった。ただ、適温というのだろうか? 楓と過ごす日々が、暖かくて心地よい。
だが、
「楓の1番好きな映画って何?」
と聞いたとき、楓は、
「プリテ〇〇〇ーマン」
と答えた。僕は、楓を強く抱き締めた。“やっぱり、幸せになりたいんだよな”という言葉は飲み込んだ。僕も映画みたいに楓を救えるくらい金持ちだったら良かったのに。ごめんね、楓。
やはり、僕は楓に風俗の仕事を辞めさせたかった。それが、純粋に楓のことを思ってのことなのか、楓を独占したいという僕のエゴなのか、わからなくなっていた。
或る日、楓に言われた。
「崔君、もしかして最近元気無い? 何か悩んでる?」
「いや、いつもと変わらへんで」
「そう、それならええんやけど」
僕の心が少しずつ嫉妬で削られていることがバレたらいけない。だが、気付かない内に表情や雰囲気に出ていたようだ。僕は、意識的になるべく明るく振る舞うようにした。それがいつまで続くかなんて、わからなかったけれど。
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