第25話  崔は楓と共に!

 観客の1人、サラリーマン風の若い男性が話しかけてきた。


「はい、なんでしょう?」

「今の曲って、もしかしてオリジナルですか?」

「実は、そうなんです」

「崔君! 嘘はアカンで。〇〇〇〇というバンドの曲なんです。京都のバンドです。あまり知られていないバンドなんですけど」

「へえ、そうなんですか。すみません、1曲、リクエストしてもいいですか?」

「私が弾ける曲でしたら」

「××××の□□□□という曲なんですけど」

「あ、××××なら弾けます! 歌えます! 歌います!」


 楓がリクエストにこたえて歌った。また、足を止める人が増えてきた。どんどん増えている気がする。美女の弾き語りは、こんなにも威力があるのか? まあ、楓はギターも練習したし、よく頑張ってたから報われて良かった。


「ありがとうございました」


 サラリーマンは、ギターケースに千円を入れて去った。

 そうなのだ! 僕等の前に置いたギターケースに、結構、お金が入っている。勿論、僕が歌ってもお金は入らない。全て楓が歌った時に入れられたものだった。


「次、◆◆◆◆を歌ってもらってもいいですか?」

「はい、××××の曲ですね、いいですよ」

「その次、☆☆☆☆をお願いします」

「はい! ××××ですね。お待ちください」


「結構、稼げたなぁ。ビックリやわ。軽く1万円を超えたで」

「全部、楓のお手柄や」

「でも、急に人がおらんようになったなぁ」

「ああ、終電もなくなったからなぁ」

「ほな、崔君、歌ってや」

「なんでやねん」

「私が崔君の歌を聴きたいねん。なあ、私だけのために歌ってや」

「わかった。リクエストは?」

「〇〇〇〇か△△△△の歌やったら、何でもええよ」

「わかった」


 僕は歌った。楓は上機嫌だった。楓が何度も“もう1曲”というので、僕は夜中まで歌った。観客は楓1人だったけれど。きっと、それで良かったのだと思う。楓のためだけに歌ったのだ。楓のためだけに歌えばいいのだ。


「僕の歌なんか聴いても退屈やったやろ?」

「ううん、そんなことないよ。私、崔君のファンになった」


 それから、僕等はストレスが溜まったら弾き語りをするようになった。



 そんな或る日、弾き語りをしていたら、二十歳前後のやんちゃな男の子3人組に絡まれた。彼等は僕を無視して楓に声をかけ始めた。


「お姉さん、僕達と飲みに行こうよ」

「ごめん、私、彼氏がおるねん」

「え? どこ? どこにいるの?」

「私の隣に座ってるやろ? 見えへんの?」

「あ、ごめん。地味過ぎて気づかへんかったわ」

「こんな冴えない男は放っておいて、僕達と遊ぼうや」


 男達の1人が、楓の手を引く。僕が、その手を払った。


「あれ? 彼氏さん、怒った?」

「この女は、僕の女や。お前等、早よ、立ち去れや」

「邪魔すると、痛い目にあっちゃうよ、彼氏さん」


 僕は、その男の顔面に頭突きをした。


「ふぎゃー!」


 声を上げて、その男は倒れた。ダラダラと鼻血を出している。


「痛い目って、どのくらい痛いんや? このくらい痛いんか? それとももっと痛いんか? ほら、どないやねん、言うてみろや」


 僕は倒れている男の顔に蹴りを入れた。他の2人は完全に動きが止まっている。


「このくらい痛いんか? なあ、痛い目って、どんなに痛いんか、早よ、教えてくれや。教えてくれへんかったら蹴り続けるで」


 もう一度、蹴りを入れる。


「次は本気で蹴るから鼻潰れるけどええんか?」

「す、すみませんでした」

「許してください」


 ようやく、固まっていた2人が鼻血まみれの男を庇った。


「ほな、キチンと詫び入れろや。悪いことをしたら謝らなアカンやろ?」

「すみませんでした」

「許してください」

「おいおい、兄ちゃん達、それで謝ったつもりか?」


 二人は土下座した。


「わかった、わかった、もう、ええから、早よ、立ち去れや。目障りや」


 二人は鼻血まみれの男を引きずるようにして去って行った。


「なあ、楓」

「何? 崔君」

「こんな感じで良かったんかなぁ?」

「うん、ええ感じやと思う。スカッとしたわ。私、崔君のことを馬鹿にされてカチンときてたから。私は暴力は嫌いやけど、今回はOK!」

「楓がええなら、僕もそれでええわ。すまんなぁ、僕が冴えないから迷惑かけてしもた。僕は楓とは釣り合わへんのやろなぁ」

「なんで崔君が謝るの? 何も謝らなアカンことは無いで」

「僕がもっとええ男やったら、あんな奴等も絡んで来んかったかもしれへん」

「崔君は、崔君のままでええよ」

「そうか、まあ、楓がそう言ってくれるならええか、楓、おおきに」

「なんか、気分が悪くなったね」

「こういう時こそ歌おうや」



 歌は、僕達にとって大切なものになりつつあった。楓が弾き語りを気に入ってくれて良かった。楓には、ストレスの発散が必要だと思っていたのだ。それにしても、楓はキレイだからよく目立つ。一緒に歩いていても、道行く男達が振り返るときがあるくらいだ。そして、連れの僕を見て、必ず不思議そうな顔をする。やっぱり、僕は楓には不釣り合いなのだろう。だが、そんなことは僕が1番よくわかっている。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る