第23話  崔は楓と暮らす!

 新しい生活リズムが出来た。

 朝、楓の家を出て、学校へ行く。学校が終わったら家に戻って着がえ、また楓の家に戻り楓が帰るまで仮眠をとる。バイトのある時はバイトに行く。楓が帰ってきてから2人の時間を過ごす。というリズムだ。


 楓は最初から少し様子がおかしかった。


「ただいま!」


 と帰ってきた楓を、


「おかえり!」


と出迎えると楓は泣いた。


「どないしたん?」

「灯りの点いている部屋で、誰かが待っていてくれるのが嬉しいねん」


 そういう時、僕は楓が泣き止むまで抱き締める。

 なんとなく僕にはわかった。楓は、すごく寂しい日々を過ごしてきたのだろう。その孤独が、幼い頃からのものなのか、最近のものなのかはわからないけれど。


「こんなことで泣く私っておかしいかな?」

「ううん、おかしくないで」

「崔君は、何も聞かないんやね」

「聞いてほしければ聞くけど。聞いてほしい? 話したかったら何でも話してくれたらええよ、聞くから。でも、僕の方からは、多分、聞かない。こんな僕って嫌?」

「ううん、嫌やないよ」

「そう、良かった。愚痴でも何でも話したいことは話してくれたらええよ」

「崔君って、ええなぁ。私はやっぱり崔君が好きやわ」

「おおきに。楓から見たら、僕なんか頼りないかもしれへんけど」

「そんなことないで。もう、私は崔君を頼ってるから。でも、私の年齢さえ訊かへんのはどうかと思うけど」

「だって、惚れてしまったから、もう何歳でもええもん」

「私が30歳でもええの?」

「ええよ」

「なんやそれ。21やで。今年で22やけど」

「ほな、僕の3つ年上なんやね。やっぱり僕って年上を好きになるみたいやなぁ」

「甘えたいんちゃうか? 甘えてもええよ」

「え? もう既に甘えてると思うけど。ずっとリードしてもらってるし」

「そうかなぁ? 私が甘えてる気がするけど」

「ええやんか、お互いに甘え合ったら。傷は舐め合うもんやで。あ、1つだけ聞きたいことがあったわ、聞いてもええかな?」

「何? 何でも聞いてや」

「僕は楓に何をしたらええの? 何かリクエストある?」

「一分でも長く一緒にいてくれたら、それでいい」

「一緒にいるだけでええの? 僕に何か出来ることがあったらやるで」

「いっぱい話せて、いっぱい抱き合って、いっぱい笑えたらそれで充分やんか」

「ほな、また何かしてほしいことが出来たら言ってな」

「もっと抱いてほしい。崔君、自分から求めへんよね? 私って実は魅力無いの?」

「違うわ。もし楓が疲れてたら、求めるのが申し訳ないから、求められたときだけ応えるようにしてるねん」

「ほな、私から求めたら全部応えてくれる?」

「勿論や。何回抱いても、楓のことはもっと抱きたいって思ってるから」

「ほな、今日も抱いてくれる?」

「ええよ」


 楓は、よく僕を求めてくれた。楓は女性の抱き方を教えてくれた。僕は楓に育てられた。



 楓は、時々、何かを考えながら帰って来る。


「どないしたん? 考え事? 僕で良かったら聞くで」

「話してもええんかな? 仕事の愚痴を聞いてほしいねん」

「前から言うてるやんか、何でも聞くで」

「今日な、こんなお客さんがおってん。私の裸の写メを撮ろうとしてきたんやけど」

「それはひどいなぁ。何を考えてるんやろ」

「それでな、私もカチンときたから、“写メは撮らせへん”ってハッキリ言ってしもうてん」

「当然とちゃうの? 何を気にすることがあるの?」

「そしたら、そのお客さんがキレてしもた」

「それって、逆ギレやんか。放っておいたらええやん」

「結局、スタッフに電話して、他の女の子のところに行ってもらったんやけど、後になって、接客業としてもう少し柔らかい対応をするべきやったかなぁとか思えてきて……」

「ええやん、言わなアカンわ、そんな時は」

「私、間違ってへんかな?」

「間違ってへんよ、写メ撮らせるなんてサービスは、お店のサービスに含まれてないやんか。楓は優しすぎるんや。もっと自分の判断に自信を持った方がええで」

「そうやね、うん、そう言ってもらえてスッとした」

「女の子にも客を選ぶ権利はあるやろ」

「そやな、崔君、ありがとう」



 また、数日後。


「また、何か考え事してる? 何? 言うてくれたら聞くで」

「今日、やたらキスしようとするオッサンが来たんやけど」

「うん、ほんで、どう対応したん?」

「“私は、仕事でキスはしないんです”ってハッキリ言ったんやけど」

「どうなったん?」

「怒り出した」

「なんか、気の短い人が多いなぁ。ほんで、どうしたん?」

「“気に入らなければ、他の女の子に代わります”って言うて、スタッフに電話して他の女の子に代わってもらったわ」

「それで、ええんとちゃうの?」

「私、間違って無いかなぁ?」

「大丈夫、間違ってへんよ。働く側はプロとしてプライドとかポリシーを持ってるんやから、それを曲げる必要は無いと思うで」

「うん、そやな、良かった。スッキリしたわ」

「基本的に、楓は間違ったことはせえへんで。前から言うてるけど、自分の判断に自信を持ったらええねん」



 そして、数日後。


「うわ、ごっつ疲れた顔をしてる! どないしたん?」

「今日、常連のお客さんから“結婚してくれ”って言われたわ」

「へえ、幾つくらいの人? 若い子?」

「ううん、50代。ちなみにフリーター」

「ほんで、どうしたん?」

「当然、“結婚は無理です、ごめんなさい”って言うやろ」

「そやろなぁ、ほんなら、相手はどうしたん?」

「土下座されたわ。キレられるよりも困ったわ」

「ほんで、どうしたん?」

「なだめた。それだけで時間が来たんやけど、泣きながら帰って行ったわ」

「それは、疲れたやろなぁ」

「うん、ドッと疲れたわ」

「僕はどうしたらええかな? 僕に出来ることは? たまには僕が膝枕でもしよか?」

「うん。して! リラックスしたい。ええの?」

「いつも僕が膝枕してもらってるから、お返しや」

「ほな、膝貸してや」

「ええよ」



 楓から、よく愚痴を聞かされた。もしくは相談された。書けないヘビーな内容のことが多かった。僕は、常に無条件で楓を肯定した。どんなときでも、僕は楓の味方のつもりだった。しかし、そもそも楓が間違ってる思ったことが無かった。楓の言動には筋が通っていた。そんな楓を、僕はますます好きになった。







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