第19話  崔はルール違反する!

「ああ、いらっしゃい。この子、ここの民宿の息子の大地君」

「え? 保奈美、もしかして……」


 英美子が斬り込んだ。


「うん、彼氏!」

「え! いつから?」

「昨日から」

「歳は?」

「高三、一つ下」


 僕と同い年だった。ゴリラみたいな男だった。女性陣は保奈美とゴリラ、2人を質問攻めにする。勿論、僕は会話に入るつもりなんて無い。とっとと帰りたかった。真亜子のことを思い出した。また、戦わずして負けてしまった。僕は一気にどん底に陥った。帰りたい。帰りたい。帰りたい。


 エアコンが効き過ぎて鼻水が出てきた。ティッシュで鼻をかんでゴミ箱に捨てた。ゴミ箱に、使用済みのコンドームがあった。これで、開幕(真亜子)から通算5連敗か? とにかく、僕は完全に戦意を喪失した。その場にじっとしていることだけでも苦痛だった。泣きたかった。僕以外の全員は話が盛り上がっている。


 そして、今まで告白のチャンスがあったのに告白出来なかった自分を責めた。ここぞという時に、つい引っ込んでしまう。僕の悪い癖だ。おそらく自己肯定感が低いからだろう。“僕が告白しても、僕なんか選んで貰えるわけがない”とスグに思ってしまう。いいではないか、それで! 選ばれなくても! フラれてもいいから告白しろよ! 僕はそう思った。だが、今頃になってやる気を出しても、所詮は後の祭りなのだ。僕の人生、一生こんなことが続くのだろうか? 考えたらゾッとした。



 やがて、みんな民宿の離れを出て、ブー達が教習所まで送ってくれた。


「一日違いだったね」


 英美子が言った。


「なんて返事をしたらいいのかわからへんわ」

「モタモタしてるからだよ」

「えみりんは手厳しいな。普通、ここは慰めるか励ますか、どっちかやろ?」

「慰められて嬉しいの?」

「ああ……そやな、そう言われてみたら、確かに慰めはいらんな」

「でしょ?」

「崔君、これからどうするの?」 


 と言ったのはブーだった。いつもは、いらんことを言う奴だが、今回は、一応心配してくれているようだった。


「当分、誰も好きになられへんと思うからおとなしくしとくわ。ほんで、教習が終わったら大阪に帰って、早く立ち直るように頑張る」

「こっちにいる間に立ち直ったら?」

「気分転換したいなら遊んであげるよ」

「えみりんもまゆりんも、おおきに。気持ちだけありがたく受け取っておくわ。ほな、さいなら」


 本当に、みんな、さよならだ。



 僕は宿舎に戻った。その日は一睡も出来なかった。


 もうすぐ大阪に帰る。タカは、ラストスパートでナンパを頑張っていた。3人、大阪から来た女の子と親しくなれたらしい。タカのことも、もうどうでも良かった。



「やっぱり、美味しい思いをしたのはタカだけやったみたいやな」


 先輩が言った。先輩の忠告の意味がよくわかった。



 失意の内に大阪に帰った。大阪に帰ってスグ、保奈美から電話があった。なんだろう? 期待しちゃダメだと思いつつ、ついつい期待しながら電話に出た。


「もしもし、崔君?」

「うん。崔やけど。久しぶりやね」

「久しぶり。ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけど」

「相談? 何? なんか想像はつくけど」

「タカのことだけど」

「やっぱりか。で? タカさんがどうしたん?」

「急に電話がかかってきて、私のことが好きだって言い始めたの」

「うん、それで? どうしたの?」

「勿論、あなたには素子がいるでしょって言ったの」

「……それで?」

「素子とは別れてもいいって言うのよ!」

「それで?」

「冗談かと思ったんだけど、なんだかいつもと違うの」

「例えば、急に声のトーンがマジっぽく変わったりするとか?」

「え! どうしてわかるの?」

「だって、それ、タカさんのテクニックやから……」」

「テクニック?」

「うん。僕にも教えてくれたで。声のトーンを変えたらギャップができて効果的やって。だから、気にしたらアカン」

「それじゃあ……」

「うん、保奈美ちゃん、遊ばれてるねん。勿論、素子ちゃんもやけど」

「どういうこと?」

「うーん、本当は男同士のルールに反するから黙っておくべきなんやけど、相手が保奈美ちゃんやからルール違反して何でも喋るわ。これ、保奈美ちゃんに惚れてるからやで。特別なんやで。あ、この時点で、もうタカさんと僕は縁を切ったことになるから、事の重大さは理解してや、そこんとこよろしく」

「何が何だかわからないんだけど」

「何から話したらええの?」

「素子と別れるっていうのは本当なの?」

「ほんまやで。保奈美ちゃんとどうなろうが関係無く、どっちみち放っておいたら別れるで」

「どうして?」

「タカさんは、束縛されるのが嫌いやから」

「じゃあ、どうして付き合ってるの?」

「え? 簡単やんか、やりたいからに決まってるやん」

「嘘!」

「ほんまやで。言うてたもん、沢山の女の子とやりたいって」

「じゃあ、素子は?」

「やり捨てにされるよ」

「めっちゃひどい、あの子にとって初めての男なのに」

「でも、そんなタカさんを選んだのは素子ちゃんやからなぁ」

「崔君は、どうして素子に注意してあげなかったの?」

「さっき言うたやんか、男同士、お互いに手の内をバラすのはルール違反やねん」

「でも、私には話してくれるのね」

「保奈美には本気で惚れてるからな。流石に、タカさんにやり捨てにされるのを見て見ぬふりは出来へんわ。素子ちゃんには惚れてなかったから言わんった。ただ、それだけのこと。それだけの理由で今喋ってるねん」

「信じられない、本当にそんな男が世の中にいるなんて」

「人数をこなしたい、いろいろな女性を知りたいって言うてるねんからしゃあないやんか。こう言うのは失礼かもしれへんけど、タカさんを選ぶ方も悪いで」

「じゃあ、私も? やり捨てにされるところだったの?」

「うん。やり捨てにされるかどうかの瀬戸際やで。あ、タカさん、教習所で3人、ナンパに成功してて、大阪に帰ってから3人ともやったらしいわ。自慢してたで」

「え? 素子がいるのに? もう3人も?」

「せやから、素子ちゃんも最初からやり捨てにするつもりで口説いてたんやって言うたやんか。でも、タカさんを選んだのは素子ちゃんやし」

「そうなんだぁ……」

「他に質問は?」

「もう、無い。よくわかったから。ありがとう、話してくれて」

「どうするん? やり捨てにされるの? 断るの?」

「断るわ。せっかく崔君が忠告してくれたのに、これで断らなければ馬鹿じゃない」

「ルール違反して、僕は一人の男友達をなくしたってこと、忘れんといてや。大阪に帰ってからもコンビを組もうって言われてたんやけど、これでコンビは解消や。次、タカさんから電話があったら、全部言うたったらええねん。僕から聞いたって言うてもええよ」

「わかった、そうする」

「まあ、幸せになってや。僕で良かったら、いつでも、どんな話でも聞くから」

「ありがと、私、崔君がいて良かった」

「ああ、その言葉だけで、話して良かったと思えたわ」

「じゃあね、また彼氏の悩みとかあったら電話してもいいのね?」

「うん、ええよ」

「ありがと」

「ほな、さいなら」



 多分、もう電話はかかってこないだろう。本当に、さよならだ。







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