第3話  崔は憧れる!

 僕は、日に日に真亜子のことを好きになっていった。既に完全に惚れているのに、こんなに“好き”という気持ちが大きくなっていって、どうすればいいのか? 真亜子は僕のストライクゾーンのど真ん中。だが、もしかすると、それは憧れの気持ちだったのかもしれない。真亜子は、僕なんかが手を出してはいけない高貴な存在に思えていた。僕の中で、真亜子はいつも輝いていた。繰り返すが、永遠に手の届かない存在だと思えるほど好きだった。でも、真亜子と付き合いたいという想いもあった。真亜子と付き合えたら、僕はどれだけ幸せになれるだろう? 幸せ過ぎて死ぬかもしれない。そして、もし結婚できたら……? 妄想だけが膨らんでいく。


 真亜子と一緒にいられると嬉しい。楽しい。幸せな気分になれる。こんな気持ちは初めてだった。中学の時に好きだった翔子のことを、ようやく忘れられることが出来たと思った。塾で翔子の隣の席に座っていた時でも、こんな気持ちにはならなかった。僕は、学校でも家でもバイト先でも、真亜子のことで頭がいっぱいだった。


 真亜子は、僕に自分から話しかけてくれる。というか、いじってくれる。楽だった。僕の方からは、なかなか話しかけられないからだ。相変わらず、僕は“女性と何を話したらいいのかわからない病”だった。自分から上手く話しかけられないから、真亜子にいじられ、真亜子が笑ってくれるのが嬉しかった。真亜子が笑ってくれるなら、僕はいくらでも道化師になれる。


 こういう時、安田の存在はありがたかった。安田が“誰かをいじって笑いをとる”という芸風だったのが良かった。安田が真亜子の前で僕をいじってくれる。それで真亜子が笑ってくれる。僕は、真亜子が笑ってくれるなら、安田にいくらいじられても良かった。むしろ“もっと、いじってくれ!”と思っていた。真亜子の前以外でいじられるのは嫌だったが。


 以前に記した通り、そのファミレスは本当に美人が多かった。日本中の美人が集まったのか? と思うくらい美人ばかりだった。繰り返して言いたくなるくらい、美人だらけだったのだ。こんなことってあるのか? 顔で採用してないか? いや、顔で採用はしていないだろう。イケメンの安田はともかく、顔採用なら僕は面接で不合格になっているはずだ。そして店長は言う。


「ここでバイトを続けてたら、絶対に彼女が出来る!」


 どうしよう? 誰と付き合っても美人だ。僕は美人と付き合うことになるのか? だが、同じ美人でもタイプがある、以前に記した通り、真亜子以外にも、いろんなタイプの美人がいた。(みんな僕や安田よりは年上だったが)。そして、そのファミレス全体では、男性スタッフの真亜子派は少なかった。1番人気は女子大生の麗子さんだった。確かに、万人ウケする美人で、スタイルも抜群だった。麗子はバイトのイケメン大学生と付き合っていた。だが、僕は真亜子一筋、他の女性は目に入らなかった。真亜子以外の女性と付き合いたいとは思わない!



 そんな、或る日の部活中。


「崔、お前、新田さんに惚れてるんやろ?」

「あ、バレてた?」

「俺の目は誤魔化されへんで」

「まあ、隠す必要も無いけどな。うん、好きやで、惚れてる」

「ほな、応援したろか?」

「応援してくれるんか?」

「おう、新田さんを誘って遊びに行こうや。まあ、俺に任せとけや」

「任せてもええんか?」

「おう、悪いようにはせえへんで」

「でも、どうせ新田さんには彼氏がいるんやろ?」

「最近、別れたらしいで」

「そうなん?」

「そうやで。崔、チャンスやんか。だから、俺に任せろって」

「わかった。ほな、任せるわ」



 そして、後日。勤務中に安田が話しかけてきた。


「崔、今日やで」

「何が? 今日、何があるん?」

「新田さんと三田村さんと俺と崔で、バイトの後にカラオケや」


 三田村さんは僕等の1つ上の長身の男性、真亜子と同い年、僕の1歳上だ。


「そうなん? 急やな」

「俺に任せて良かったやろ?」

「うん、思ったよりも早かったし、本当にこんなチャンスがもらえるとは思ってなかった。ありがとう、おおきに」

「ということやから、バイトが終わっても帰らずに待っとけよ」

「うん、待ってるわ」


「崔、待たせたな。行こか」

「うん」


 4人でカラオケ。僕は歌は下手だが、ノリと勢いでその場をしのいだ。困ったときは、また安田が僕をいじってくれる。そして、僕は真亜子に言われた。


「崔君、おもしろいなぁ」

「ありがとうございます!」


 実際におもしろいのは安田だが。


「崔君、ええなぁ、弟みたいや」

「……」


 カラオケ代は、真亜子と三田村さんが払ってくれた。


「ありがとうございました」

「ほな、安田君、崔君、またバイト先で」

「はい、失礼します」


「崔、お前、弟みたいって言われてたな」

「うん」

「男として見られてないな」

「うん」

「致命的やな。死刑宣告やで」

「うん」

「まあ、凹むなや!」



 僕は落ち込みながら帰った。安田の言う通り、真亜子は僕を男として見ていない。この時点で、僕は真亜子にフラれたのだ。それでも、諦めきれないのだけれど。諦めたくないのだけれど。“弟みたい”、一度弟認定されると、そこから抜け出すのは難しい。僕は悩んだ。家でも学校でも部活でもバイト中でも悩んでいた。しかし、勿論、現状を打破する名案など思い浮かばない。







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