第2話 崔はバイトする!
「じゃあ、面接を始めようか?」
「あ、お願いします」
「よし! ほな、採用!」
「え? そんなにスグに決めていいんですか?」
「だって、崔君、見た感じ真面目そうやし、身なりもちゃんとしてるしね」
「そういうものですか」
「それに、安田君の紹介やしなぁ、安心してるから」
「はあ……」
「ほな、次の土曜日から頼むわ。時間は夕方の5時でええかな?」
「はい、大丈夫です」
「晩は10時まで、それでいい? 日曜日はもっと早く来れる?」
「はい」
「じゃあ、日曜は11時から20時まで、OK? 休憩時間はあるから」
「はい、大丈夫です」
「ほな、制服を用意するから、服と靴のサイズを教えて」
「服はLサイズ、ズボンはウエスト73,靴は27です」
「OK、しばらくはさっきの新田さんに教育係をしてもらうから」
「さっきの方、新田さんっていうんですか?」
「うん、新田真亜子さん。綺麗やろ? 惚れた?」
「いえ……まだ惚れはしませんけど、めっちゃ綺麗な女性ですね」
「今、高校2年生やから、崔君の1つ上やわ」
「あ、1つ上なんですね」
「この職場は美人が多いねん。新田さん以外にもキレイな女性は沢山おるで。まあ、楽しみにしときや。この職場で働いていたら、みんな恋人ができるから!」
「そうなんですか?」
「まあ、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、土曜日に」
「はい!」
僕は、早く真亜子に会いたかった。
バイト初日、不安よりも喜びの方が大きかった。着慣れない制服を着て、勤務開始の15分前に用意は調っていた。そして、5分前。
「ほな、崔君、仕事しよか」
真亜子に付き従って、僕のファミレスでのバイトがスタートした。
仕事が始まると、真亜子にデレデレしている暇が無くなった。めちゃくちゃ忙しい。よく考えたら、その土曜日はクリスマス・イブだった。どうりで忙しいわけだ。
注文をとることは、まだ教えて貰わなかった。お客様を席に案内して、厨房から出て来た料理をひたすら運ぶ。空いた皿をひたすら運ぶ。初日で、何皿も両腕に乗せて運ぶ技を会得した。
こんなにも大変で、皿を幾つも腕に乗せている僕に、話しかけてくるお客様もいる。どういう神経をしてるのだろう?
「すみません」
「なんでしょう?」
「この料理の上に乗ってる、赤い実は何の実かな?」
「さあ……なんなんでしょうね?」
僕が答えずに移動して、振り返るとそのお客様は真亜子に同じ質問をしていた。
「もう、崔君が答えてくれへんから、私が聞かれたやんか。キッチンまで何の実か聞きにいったんやで」
「すみません、“ファミレスで何をかっこつけとんねん!”って思っちゃいました」
「でも、“さあ……なんなんでしょうね?”はアカンやろ」
「すみません、基本的にカップルが嫌いなんです。羨ましいから」
「崔君の対応がおもしろかったからええけど」
「すみません」
翌日も忙しかった。クリスマスだったからだ。ランチから混んでいた。カップルが多い。羨ましくて腹が立つ。翌日も、同じ質問をされた。そんなに赤い木の実が気になるのか? 今度は、僕が厨房に行って、何の木の実かを聞いて、お客様に答えに行った。僕は少し成長したのだ。
「崔君、今度はちゃんと良い接客したね、良い子、良い子」
真亜子が笑って僕の髪を撫でた。基本的に、僕は仕事に対しては真面目だ。その日から、心にゆとりが出来たこともあって、真面目な勤務態度で過ごすようになった。真面目に接客をしていると、真亜子が褒めてくれる。それが嬉しい。
真亜子と休憩で一緒になれた日は嬉しかった。とはいえ、僕は“女性と何を話したらいいのかわからない病”だ。だったのだが、真亜子の方から話題を提供してくれるので楽だった。そして楽しい。幸せな気分になる。僕は、この、身長166センチの(僕は169)、ダークブラウンの髪を肩から上で揃えている、笑顔が眩しい女性、真亜子のことを大好きになっていた。そう! 惚れていた。ようやく、翔子のことを忘れられたと思った。僕にとって、このバイトは幸せだった。真亜子に会えて、お金も貰えるからだ。この幸せが長く続いてほしい、僕はそう願っていた。
真亜子が笑ってくれるなら、僕は真亜子の犬にでもなれる! 崔梨遙、高校1年生の冬、中学の時から続いていた暗黒時代から、青春という輝きを取り戻したかのように活き活きとしていたと思う。
ちなみに、店長が言っていた通り、そのファミレスには様々なタイプの美人のアルバイトスタッフがいた。カワイイ系、キレイ系、グラマー、スレンダー、長身、小柄、様々だ。だが、僕は真亜子にしか興味が無かった。真亜子しか眼中に無い。真亜子一筋だったのだ。後は、この想いをどうやって伝えるか? それが問題だった。せっかく惚れられる相手が見つかったのだから、想いは伝えたい。出来れば! 出来ることなら! 真亜子と付き合いたい! どうすれば想いを伝えられて、付き合うことが出来るのだろう? その時の僕は、どうしたらいいのかわからず、真亜子に対する抱えきれない愛情を持て余すだけだった。我ながら、情けなかったと思う。
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