浪速区紳士録【青春編】思ったよりも柔らかく、思ったよりも大きかった。

崔 梨遙(再)

第1話  崔は高校生!

 僕は、中学の3年間、バレンタインでチョコを1つも貰えなかった。イエイ! 勿論、告白したこともされたこともない。中学の3年間は、僕にとっての黒歴史になるだろう。誠に残念なことだ。好きな女子はいた。1年の時に好きだった女子、2年の時に好きだった女子。3年の時に好きだった女子。


 3年の時に好きだった女子は特別だった。翔子という名前だった。塾が同じだった。何度も隣の席になったのに、優しくすることも、告白することも出来なかった。卒業式の日に、告白しておけば良かったと後悔していたが、男子の知人に翔子の連絡先を知っている者がいなかった。だから、卒業後に連絡をとることも出来なかった。僕は、翔子のことを忘れられない状態だったが、翔子のことは諦めると決めた。全く、最悪の中学生活だった。



 だが、今日からは違う。高校生になったのだ。新しい生活が待っている。僕は心を躍らせながら入学式に挑んだ。今日から全てが変わるんだ!


 と思っていたのに、なんと! 女子がいないではないか。学校見学では“女子もいますよ”と聞いていたのに。僕は情報を収集した。女子はいた。だが、学年200人の内、女子は6人だった。まさかの3%。当時の消費税と同じだ。だからみんな、消費税女子と呼んだ。そのことを知った僕は気を失いそうになった。まあ、よく考えれば受験の時に男子ばかりだったので、おかしいとは思っていたのだ。それに、数名とはいえ確かに“女子もいる”。嘘ではない。嘘ではないが、悔しいのは何故だろう?


 では、その6人の女子はどんな娘(こ)達なのだろう? 目を向けようとしたが、ダメだ。周囲からチヤホヤされて、取り巻きがいる。会話に潜り込む隙が無い。それに、遠目から見る限り僕の好みの女性はいないようだった。やがて、彼女達も部活を始めて、先輩と付き合うというケースもあったようだ。なるほど、学内の女子を狙うとき、ライバルは同学年だけではないのか! 先輩もライバルだったのだ!


 ということで、僕の期待していた学園生活とはほど遠い生活になりそうだが、学園生活は快適にしたい。僕は友人を多く作れるように頑張った。まず、クラスメイトに積極的に話しかけた。僕と同じ中学の者はいないので、友達作りもゼロからのスタートだったのだ。クラブにも入った。テニス部だ。女子との接点がありそうなので選んだのだが、Oh! 男ばかりのテニス部だ。


 僕は、現状を打破するために、いろいろと考えた。まずは共学校や女子校に行った女子を紹介してもらう! ダメだ、僕の知人に女性と仲の良い男子はいない。紹介してくれる人がいない。“それでは、この状況を打開するにはバイトか? バイトなのか? 女性の多いバイト先ってどこだ?”と思いつつ、部活を真面目にやっていたら忙しくて、気付いたら秋になっていた。



 そんな或る日、女性との接点を模索する僕の前に、救世主が現れた。同じテニス部の安田だった。


「なあ、崔、バイトせえへんか?」

「何のバイト?」

「ファミレスや。女性が多いで」

「おお! ええやんか」


 なるほど、ファミレスなら女性の学生バイトが多いだろう。気付かなかった。僕はその話に飛びついた。バイトをするのは初めてだが、安田がいるなら心強い。


「でも、なんで僕を誘ってくれるんや?」

「いやぁ、同い年がいてへんねん、1個上は沢山おるけど」

「まあ、ええわ。女性が多いんやったら、こちらとしては嬉しい限りや。その話、飛びつくで」

「おう、ほんなら店長と面接や。俺が日時を聞いておくからな」


 季節は冬になっていた。入学して半年以上、何も無いまま過ごしてしまった。だが、“ここから巻き返してやる!”僕は気合い充分だった。



 後日、指定された日時に、そのファミレスの面接を受けに行った。正面玄関から入らず、裏口から入るように指示されていた。


 緊張して、恐る恐るノックをして、裏口のドアを開けた。靴が散乱している。靴は沢山あるが、人がいない。僕は、そこからどこへ言ったら良いのかわからず、しばしボーッと突っ立ていた。


 そこへ、センスの良いウエイトレスの制服を着た女性が通りかかった。天使が舞い降りてきたのかと思った。めちゃくちゃ美人、めちゃくちゃ僕の好み。僕の理想の女性がそこにいた。僕は、多分、口を開けたまま金縛りにあっていただろう。間抜けな顔をしていただろうが、その美人は最高の笑顔を見せてくれた。


「あ、もしかして崔君?」


 話しかけられて、僕はハッと我に返った。


「は、はい、崔です」

「安田君から聞いてるで。こっちやで」


 僕は、理想の女性に手招きされてついていった。


「ここやで」

「あ、はい」


 コンコンコン。


「店長、崔君が来ました」

「おお、よく来たなぁ。まあ、入ってくれ」

「それじゃあ、またね、崔君」



 名前も知らない大美人。僕は、ドアが閉まるまで彼女から目を離せなかった。







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