求神子(ぐみこ)、その歴史(あい)
や劇帖
求神子、その歴史
私の名は
今日も過去の記憶が間欠泉のように噴き上がり叫びたくなる衝動を必死に抑えた。
「はー人生やり直したい」
全部なかったことリストにぶっこんでしまいたい。浮かれた言動とか、無駄に劇的な言い回しを好んだところとか、その割に誤用誤解誤読が目立ったところとか、挙動不審の数々、空回りする一方的な意思疏通、独善、独断、はーーーつれーーーわーーー。
いっそ過去の記憶を無くせば楽になれるかというと、多分恐らく絶対に同じことを繰り返すことになるからむしろ危険なのである。忘却は繰り返しの温床なのだ。あ、このフレーズかっけえなどこかで使ったろ。いやこれが良くないのだ。
(……待てよ)
瞬間、私の中で何かが閃いた。
(私の過去を知る人が皆いなくなれば、それは私の黒歴史が無くなったのと同じなのでは?)
賢い! というわけで私は自分の過去を知る者を始末することにし、いやいやいや。
いやーいやいやいや、あっぶね、またしてもやっちまうところだったわめっちゃ飛躍したわ八百屋お七かよ。未然に防げたなよしよーし。
まあでも他人の記憶イレーサーとかあったらすごく欲しい。ここまで行くとドラゑもんの世界だけど。苦しみの記憶と
「愚かなり、流血寺!」
何者かが私の名を呼び捨てた。いや、何者かではない。私はその正体を知っている。
「――――
小学校から高校まで一度たりとも離れることのなかった
「杞憂にもほどがあるわ流血寺。そんなことはもう既に達成されているというのに」
「どういうこと」
「お前のアレ歴史の詳細なんか大抵の奴は覚えてない、ってこと」
人魅坂は口の端をつりあげ笑った。
「覚えているのは同族だ。忘れないのは
俄には信じがたいことを言う。それはありがたいのかありがたくないのかちょっと分からない。いや、ありがたいけど、ほんとかあーってなる。
「ぼ、忘却は繰り返しの温床」
「たとえ忘れたとしても繰り返す愚行もその素養も向こうさんにはない。着火点のお前とは違う」
「あー、それはまあ……」
先日
と、不意にファントムペイン間欠泉が襲いかかってきた。お気遣いが心に刺さる。私は発作的に叫んだ。
「黙れ! お前は知らんのだ! あの愚かしい所業の数々が鍋底にこびりついた焦げカスのように脳裏から離れず、なんか、なんかー、うわーってなる! そして引きずられるのはきっと私だけじゃない!」
「いいや黙らないね。何度でも言おう、お前とは違うのだ、あいつらは他人の黒歴史なんかすっかり忘れて、というかそもそも最初からそんなもんに貴重な記憶野を使うことなく今を忙しく生きている! お前のしょもない恥さらしなど
誰も覚えてなどいない!」
「くっ!」
「下手すれば自分の昔のことも覚えてない!」
「うそお!?」
「だがアタシは覚えている! お前の一人称が俺オレぼく僕おれ
「思い出しちゃったわ馬鹿ー!」
思わず私は叫んだ。
真々美の言葉が大音量でリフレインする。
『覚えているのは同族だ!! 忘れないのは
「わ、私だって」
あふれ出る涙を拭うことも忘れて私は叫んだ。
「私だって覚えてる! あんたが霊感少女気取って隙あらば真言唱えてたのも、学力テストの問題用紙裏に創作呪文書きまくってたのも!」
私は真々美に向かって突進した。真々美は身構える。
そのまま抱き合った。
無言の抱擁が続いた。
「鍋の焦げカスは、それでも落ちないことはないわ」
真々美は囁いた。
「別の例えが良いわね」
「そうね」
求神子(ぐみこ)、その歴史(あい) や劇帖 @yatheater
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