夜明けのコーヒーを君と

 その日、私は夜更かしした。

 些細なことだ。一時の感情に任せただけのとても些細で愚かで素晴らしい、勇気あるものだった。

 布団で寝返りをうつ。まるで心臓のようにベッドが揺れる。数時間前に軋んだ音とはまた違う音がなった。

「あーあ。何してんだろう」

 呟いた声は誰にも届かない。この部屋には家の家主である彼はもう外出している。だから私しかいない。鍵は私が閉めて家のポストに入れる約束だ。

 だからただの独り言。寂しい虚しい独り言。

 勇気出して、少しは距離が縮まるって思ってたのに。待ってたのはやっぱり非情な現実。やっぱり距離感は変わらなかった。距離が溶けたのはあのときくらいで、それ以外は特に変わらず。強いて言うなら彼の目線が変わってしまった、かな。はは。寂しいね。もう、元には戻れないよ。

 私はベッドから抜ける。夏だから寒さは感じなかった。ただ生ぬるい風が不愉快で、それを防ぐために何かを着たかった。でもすぐに面倒になって、またベッドに戻ろうか迷ってしまう。

「こんなんじゃ、ただの都合のいい女じゃん」

 さいてー。

 私は呟いてエスプレッソマシンを起動する。彼の家にはエスプレッソマシンがあるのが羨ましい。いつでも美味しいの飲めるとか最高じゃん。我が家にも導入しようか迷ってしまう。

 出来上がった一杯分のエスプレッソを一口飲む。苦い。でも今はちょうどいい。

「つたわらんもんですな」

 どれほど距離が近くなっても、どれほど体温を感じても、その関係を持った時点で私は自らその権利を捨てたのだ。

 ゆうべはお楽しみでしたね、なんて言えやしない。どちらかといえばこのエスプレッソみたいに少し苦い。でもなぜか癖になってしまう自分がいる。それが一番怖い。

「……寒」

 私はエスプレッソを適当に置いて、自分のアウターを羽織った。やけに白い私の肌に直に着せられたアウターはやけに浮いていた。けれどやっぱり服を着たほうがよかった。だって寒いもの。

「夜ふかしなんてするもんじゃないね」

 好きな人と、夜明けのコーヒーは似合わないね。やっぱ愛してる人とじゃなきゃ。

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