解1-8-2:天の岩屋戸

 

 その後、俺は指令室に戻り、ティナさんの操作によってラプラスターは通常形態デフォルトモードに移行となった。さらに自動操縦に切り替わり、動力蓄積チャージが終わるまではそれぞれ自由時間となる。


 もっとも、連戦でみんな疲労が溜まっているだろうということで、心身が充分に回復するまでは時空間道ポシビリティ・バイパスに留まるということで話はまとまっている。


 だからもしかしたら1日か2日くらいは休養になるかもしれない。


 ちなみに指令室に戻った時、チャイは俺と目が合うとなぜか気まずそうにしながら慌てて逸らしていた。少なくとも雰囲気から察するに怒りはほとんど消えていて、しかも話しかけようとしても避けるようにその場からいなくなってしまう。


 そして彼女は自室にこもったまま、現在に至るまで数十分が経過したのだった。


 俺としては戸惑うばかりだけど、おそらく勝手に苛立いらだっていたことを自覚していて決まりが悪かったんだろうな。




「…………。さぁて、どうすっかなぁ……」


 自室のベッドで仰向けに寝転がりながら、俺は考え込んでいた。


 もちろん、それはチャイのことだ。俺に非はないと思うけど、カナ兄やショーマの手前もあってこのまま放っておくわけにもいかない。俺としてもチャイとギクシャクしたままなのは、なんとなく気持ち悪い。


 それにこういうのは時間が経つとどんどん話すきっかけを失って、関係を元に戻すのが難しくなる。


「しょうがない……。カナ兄のアドバイス通り、俺の方からチャイのご機嫌を取っておくか……」


 上半身を起き上がらせた俺は、意を決してチャイとコンタクトを取ってみることにした。ただ、彼女の部屋に行ってインターホンのボタンを押したところで素直に出てきてくれるかは分からない。


 こういう時こそスマホで連絡が取れれば良いんだけど、当然ながら地球が壊滅してしまっている状態では通じるはずもない。そもそも時空間道ポシビリティ・バイパスは間違いなく圏外だろうし。


 事実、今やスマホはダウンロードしてある音楽やゲーム、画像などを楽しむためだけの機械となっていて、本来の役割であるコミュニケーションツールとしては全く機能していない。


「コックピットと指令室みたいに、俺の部屋とチャイの部屋の間でもダイレクトで通信できたらなぁ……」


 俺はなんとなくそんな願望を抱きながら呟いた。


 するとその直後、なんと目の前の空間に半透明のディスプレイが現れ、フワフワとその場で浮遊する。また、そこにはチャイの部屋へアクセスするボタンが付いていて、どうやらそれをタッチすれば呼び出しが掛けられるらしい。


 この一連の現象はコックピットの中で起きるものと同じだ。



 ……やれやれ、ティナさんも人が悪い。居住区画でもこの機能が使えるなら、事前に教えておいてくれていればいいのに――って、俺たちの方からかなかったから言わなかっただけかな?


 とにかくこれは渡りに船だ。早速、俺はボタンをタッチしてチャイとの通信を試みてみる。眠っていて気付かないということがなければいいんだけど。




 …………。



 ……………………。



 繰り返される発信音とともに、ディスプレイでは『呼び出し中』の文字が点滅表示され続けている。チャイが出てくれることを祈りつつ、固唾を呑んで推移を見守る。


 そのまま数十秒が経過。依然として反応はない。それでも俺は焦らずに待つ。



 そしてもうすぐ1分になろうかという時、ようやく発信音が収まって、ディスプレイには『音声通信接続中』という文字が表示された。こちらからは映像も送られているはずだけど、なぜかチャイの方は音声のみ通信を許可したらしい。


 無視し続けたり切断したりしてしまうのは気が退ける一方、顔を合わせて話をするのは躊躇ためらいがあったからこの選択をしたという感じだろうか。


 何にせよ俺としては音声だけでも繋がってホッとする。そしてチャイに対して気遣いを心がけながら優しく問いかける。


「チャイ、俺の姿がちゃんとディスプレイに映ってるか? 声も聞こえてるか?」


『……ん』


 チャイは今にも消え入りそうな小声で、重苦しくて湿った感じの相槌を打った。


「そっか、それなら良かった。あのさ……その……なんというか……俺ってチャイの機嫌を損ねるようなことをしちゃったんだよな? ゴメン。許してほしい。もちろん、俺はチャイのことを全然怒ってないから」


『ぁ……』


「それとさ、もうひとつチャイに伝えたいことがあって――」


『私もっ! 私もヤッくんに伝えなきゃいけないことがあるのっ! だから今からヤッくんの部屋に行っていいっ? これは直接伝えないといけないことだと思うから!』


 思い留めていた気持ちが爆発したかのように、チャイは胸に迫った感じの叫びを上げた。今まで意気消沈していた雰囲気だったのに、彼女の中でどんな心の変化があったのだろうか?



(つづく……)

 

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