第1-8式:伝えたい素直な気持ち
解1-8-1:複雑な乙女心
こうして俺はその場からラプラスターを発進させ、
これでお互いに位置を特定することはほぼ不可能となり、少なくとも別時空に出るまで再び遭遇することはない。
まぁ、別時空に出るにしても
前回の経験から考えると、まだそれなりに時間がかかるだろうな……。
「さて、そろそろ指令室に戻っても大丈夫かな。ティナさんに
俺は大きく伸びをして、それから全身の力を一気に抜きつつ深く息をついた。ようやくしばらくはゆっくりと休憩が出来そうな気がする。
――と、そんなことを考えていた時、チャイから通信が入ってディスプレイの中心に映し出される。
その顔はニコニコしているけど、なぜか目は全然笑っていない。雰囲気もなんだか不気味でちょっと怖い。まるで怨霊にでも取り
俺は本能的に得も言われぬ不吉さを感じ、思わず唾を飲み込んで身構える。
『ねぇ、ヤッくぅん?』
「ど、どしたっ、チャイ?」
『さっきさぁ、なんか鼻の下が伸びてたよねぇ。うんうんっ、意外に可愛かったもんねぇ。ア・イ・ツ!』
「ア、アイツって、だ、誰のこと?」
『フィル以外にいるぅ? ……あ、『私』なんてお世辞はいらないからね?』
「お、おい、チャイ! ま、まさか嫉妬してるのか? それで機嫌が悪いのかッ?」
『嫉妬なんかするわけないじゃんッ! なんで私が嫉妬するのよっ? バカじゃないのっ?』
ディスプレイに顔だけしか映らないくらいにチャイは身を乗り出し、耳の奥が痺れるほどの大声で捲し立てた。目は血走り、鋭い三角形になって激昂している。
まだ耳の奥がキーンとして痛い。思わず俺は人差し指で耳の穴を塞ぐ。
ヤバイ……これは完全に地雷を踏み抜いた……。
俺は心の中で舌打ちをしつつ、これ以上はなるべくチャイを刺激しないように気を付けて遠慮がちに口を開く。
「で、でも機嫌が悪いのは事実じゃんか……。い、言っておくが、俺はフィルさんのことをなんとも思ってないからな?」
『べっつにいいけどぉっ! ……まったく、男子ってちょぉっと可愛い女子がいたら、すぐに目移りするんだから! 浮気者っ! スケベっ!』
怒りに満ちたままそう言い放って、チャイは一方的に通信をブチッと切った。
意味も状況も何もかも分からない俺としては、
そもそも浮気者と言われても、別に俺とチャイは付き合ってるわけでもない。確かにフィルさんとちょっと仲良さげに会話したのは事実だけど、それくらいなら知り合いや友達同士でも普通にある。
くっそぉ……。何も悪いことをしてないってのに、なんで怒られなきゃならないんだ……?
俺は肩を落とし、深い
するとその直後、今度はカナ兄から通信が入ってディスプレイに姿が映し出され、小声で話しかけてくる。その目は俺を憐れむような感じで、それでいて表情はどことなく達観しているようにも見える。
『まぁまぁ、ヤス。人生、色々とあるさ。とにかくあとでチャイのご機嫌を取っておけよ。こういう時はどんな事情であれ、男から折れておくのが円満な男女関係を維持するコツなんだ』
「カナ兄、知ったようなことを言って。彼女なんかいたことないクセに……」
『なっ! う、うるさいっ! 一言多いぞ、ヤス!』
動揺しつつ、眉を吊り上げて不満を
そこへすかさずショーマが通信に割り込んできて、呆れたような顔をしながら口を開く。
『僕はカナ兄の意見に賛成だね。――ヤス兄、経緯も本心もどうでもいいから、とにかく姉ちゃんに頭を下げておいてよ。姉ちゃんの機嫌が悪いと八つ当たりされるのは僕なんだから』
「おい、ショーマ。俺がどうなってもいいっていうのか? スケープゴートにするつもりかよ?」
涼しい顔で自分さえ助かればいいみたいなことを言い放つショーマに、俺は思わずムッとした。
ヤツは依然としてどこ吹く風で、面倒くさそうにしている。
『原因を作ったのはヤス兄なんだから、ヤス兄が責任を取れって言ってんの。僕たちを巻き込まないでよ』
「原因って、チャイが勝手に機嫌を悪くしてるだけじゃん。それこそお前の実の姉貴だろ? お前がなんとかしろよ」
『実の姉だから僕は逆らえないんじゃないか。姉ちゃんは僕たちの中でカーストの上位、僕は最下位だよ? それこそヤス兄は姉ちゃんと同格くらいの立場なんだから、なんとかしてよ』
「俺だって機嫌が悪い時のチャイには必要以上に気を使うんだよ。それなら確実に立場が上のカナ兄に場を収めてもらう方が……」
俺がそう言いながら視線を向けると、カナ兄はギョッと目を丸くしながら慌てて反論してくる。
『はぁっ!? オレに頼るなよ。こっちに矛先を向けんな。そもそもそれじゃ根本的な解決にはならない。今後にしこりを残さないためにも、ヤスがチャイの機嫌を取っておけって言ってるんだ』
「俺に厄介事を押しつけるなよ……」
泣きたくなるような気持ちで呟く俺。
その時、再びチャイから通信が入ってディスプレイの中央に怒りを爆発させた顔が大きく表示される。頭には鬼のようなツノが生え、口には鋭いキバが煌めいている。
『だぁああああああああああぁーっ! 男どもはいつまでも何をコソコソと駄弁ってんの! まさか私の悪口でも言ってるんじゃないでしょうねッ?』
「ち、違うって……」
『だったらヤッくん! さっさと指令室に戻ってきなさいよ! ティナさんがラプラスターを
「は、はぃ……」
俺はこれ以上のいざこざを避けるため、この場は素直に平身低頭して頷くことにした。何か余計なことを言って火に油を注ぎ、収拾がつかなくなるのは困るから。
ようやく戦いが終わって落ち着けると思ったのに、これは散々な仕打ちだ……。
(つづく……)
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