解1-8-3:元の鞘へ収まって
突然のことに戸惑うばかりだけど、俺としてもやっぱりチャイとは会って話したい想いがあったからその申し出を快諾する。
そして程なく部屋のインターホンが鳴り、出入口のドアを開けるとそこには泣き笑いをしたような複雑な表情のチャイが立っていたのだった。
彼女は俺の顔を見るなり、全身を強張らせながら意を決したように口を開く。
「あ……あのっ、あのっ! ヤッくんっ、私っ!」
「待て待て! ちょっと落ち着け。こんな場所での立ち話もなんだし、とりあえず中に入れよ」
俺は当惑しつつチャイの肩をポンと軽く叩き、そのまま優しくエスコートするように背中を押して部屋の中に招き入れた。
その間も彼女は落ち着かない様子のまま、下唇を咬んで軽く
こうして一緒に室内へ入ったあとは寝室のベッドに腰を掛けさせ、俺はその正面にデスクの椅子を持ってきて背もたれを抱えるような体勢で座った。
…………。
……そういえば、自宅の俺の部屋にチャイが来た時も同じような位置関係でよく雑談をしたっけ。まだそんなに昔のことじゃないのに、すごく懐かしいような気がする。この短期間に想像を絶するようなことが続いて起きたからなぁ。
俺は平和だった頃の日常を思い出し、思わず頬をほころばせる。
「で、チャイ。伝えたいことって何だ? さっきから気持ちを抑えきれないみたいだし、先に話していいぞ。レディーファーストだ」
「ヤッくんっ、ごめんなさいっ! ヤッくんは何も悪くないっ!」
俺の言葉を聞くや否や、チャイは今にも号泣しそうな顔で俺の瞳を見つめながら叫んだ。肩や唇は小刻みに震え、小さく鼻を啜り出す。
「おいおい、唐突だな……」
「私が勝手に怒ってヤッくんに嫌な想いをさせちゃった! 本当はお疲れ様って、ヤッくんを労って迎えてあげないといけなかったのに……私……私……」
「もういいって……そんなこと……」
「私、嘘をついた。ヤッくんが言ったようにフィルに嫉妬してた。ふたりが仲良さそうにしているのを見てたら、胸の奥が苦しくなって切なくなって、居ても立ってもいられなくなって」
「そっか……。だとすると、やっぱり悪いのは俺だな。チャイの気持ちに気付いてやれなくてゴメンな」
俺は涙が滲んだチャイの瞳を柔らかな表情で真っ直ぐ見つめると、少し身を乗り出しながら手を前に伸ばし、濡れた頬を親指で優しく拭ってやった。そのまま流れで頭も撫でてやる。
手に伝わる柔らかくて心地良い髪の感触。それにいつもの良い匂いもする。
するとチャイは不意にクスッと笑い、その後は次第に晴れやかな顔になっていく。
「やっぱり優しいね、ヤッくんは。でもそういう誰にでも優しい性格からこそ、私は気が気じゃないんだよね」
「悪ぃ。でもこれが俺なんだからしょうがないじゃん」
「だねっ♪」
直後、お互いに吹き出して明るく笑い合った。すっかりいつもの雰囲気に戻っていて俺は心の底からホッとする。
やっぱりチャイは笑顔の方が良く似合う。俺も元気をもらえるっていうか、そうじゃないと調子が狂う。これも幼馴染みとしてずっと一緒に過ごしてきたからかもしれない。
「私は伝えたいことを伝えたよ。次はヤッくんの番だよ」
「あ、うん。――えっと、あらためてチャイにはお礼を言いたくて。サンキュな。チャイが俺にくれたクシのおかげでフーリエールに勝てたし、みんなを守ることが出来た」
チャイはそれを聞いて最初はポカンとしていたけど、クシに関するお礼だと分かると納得するように頷いていた。
どうやら『お礼』というだけではピンと来ていなかったらしい。
「私は何もしてないよ。ヤッくんが最後まで諦めずに頑張ったから奇跡が起きただけ。私たちの方こそ助けてもらってありがとうだよ」
「じゃ、お互い様ってことだな」
「うんっ、そういうことっ! ところで、あの『光の剣』って4つ目の
「今のところは大丈夫だ。もし何かあるなら、そもそも変換できないってティナさんが言ってたし」
俺の言葉を聞くとチャイは『それなら良かった!』と言って胸を撫で下ろしていた。
その雰囲気から本当に我が身の
そんな中、チャイは俺を見てふと何かに気付いたように息を呑む。
「――あっ、ヤッくん。クシといえば今も髪が乱れてるよ」
「そうか? だとすると、さっきベッドに寝転がった時にクセが付いたのかもな」
「せっかくだから
チャイはクスクスと笑いながら立ち上がり、椅子に座ったままの俺に歩み寄る。
「べ、別に良いよ……。これから学校へ行くってことでもないんだから」
「ダーメッ! 常に身だしなみを気にしないと!」
(つづく……)
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