解1-2-5:チャイの抗い


 ――それは自らが望んで操縦者を引き受けるのだと見せかけること。


「ティナさん、ぜひ俺に戦闘形態バトルモードの操縦を任せてください! 一度そういうのをやってみたかったんですよ!」


 俺は半ば興奮したような態度を演じつつ、立ち上がってティナさんの方へ一歩踏み出した。


 それに対して彼女はわずかに眉を曇らせ、確認するように話しかけてくる。


「当然ながら戦闘形態バトルモードの操縦は危険が伴います。ラプラスターが攻撃を受ければ、操縦者も一定のダメージを受けます。最悪の場合、死に至ることもあります。ヤスタケ、それを理解した上での申し出ですか?」


「当たり前ですよ。それくらいの覚悟はあって言ってます」


「分かりました。そういうことなら今回の戦闘ではヤスタケに操縦者メインパイロットをお任せしましょう。いずれにしても、まずは読み取り機リーダーに起動キーをタッチして、個人識別登録を完了してください」


「了解っ!」


「アイとショーマもヤスタケのあとに登録をお願いします」


「……私は嫌です」


 チャイはうつむいたまま、絞り出すように呟いた。その声は抑揚がなくて重苦しさが漂っている。


 そして次の瞬間、彼女はバッと顔を上げてティナさんをにらみ付ける。その表情は烈火のごとき怒りと敵意に満ちて猛々たけだけしい。


 ここまで激しく怒っているのを見るのは、俺も初めてかもしれない。


「私はこんなワケの分からないことに巻き込まれたくない!」


「僕も嫌だよ……戦うのなんて怖いし……」


 続いて口を開いたショーマは、チャイとは対照的に意気消沈していた。瞳は潤み、両手の拳を強く握りしめて唇を強くみしめている。いつもの天真爛漫てんしんらんまんな姿はそこにない。


 でもショーマはまだ小学生なんだ、怯える気持ちも分かる。



 ――まぁ、コイツとは3歳しか年齢が違わないから、あまり偉そうなことは言えないけど。正直、俺だって恐怖がないわけじゃないし。


 一方、ティナさんはそんなふたりに対して動じる様子もなく淡々としている。


「ふたりが登録しない場合、ラプラスターの戦闘能力は標準値の50%にまで低下します。搭乗者4人のうち、半分が未登録となるわけですから。夢幻魔むげんまに敗北する可能性もそれだけ高まります」


「そんなの知らないです! なんで私たちが戦わなければならないんですかっ?」


「――運命」


「っ!? 運命っ? なにそれ……っ!」


「アイたちのほかに戦える者がいないから――という答えでは、身もフタもないでしょう? ですから、そのほかの答えで適合するであろう言葉を選択してみました」


「ふざけないでくださいっ!」


 激しく目をき、唇をワナワナさせているチャイ。今にも飛びかかって、平手打ちでも繰り出しそうな雰囲気すらある。



 確かにティナさんの言ったことは間違っていないし、論理的かもしれない。でも配慮するような気持ちを感じなくて、チャイでなくても俺だってイラッとする応対だと思う。


 その一方で、こんなことで仲違なかたがいをしている場合じゃないのも事実。今の俺たちが頼れるのはティナさんしかいないし、戦うべき敵は別にいる。


 ゆえに俺は腹に力を入れて自分の激情を抑え、しばらくふたりのやり取りを冷静に見守り続けることにする。


「操縦者以外はこの指令室で情報処理のサポートをするだけなので、実際に戦闘するわけではありません。つまり操縦者と比べてリスクは大幅に低いです。ですからアイ、せめて個人識別登録だけでも……」


「そんな得体の知れない登録なんかっ、私には出来ません! あとでどんなデメリットがあるか分かったもんじゃないですしっ! 出会ったばかりの人に対して、そんな無警戒に信用なんて出来るはずがないじゃないですか!」


「アイの意見も理解できます。ですが、個人識別登録に明確なデメリットはありません。それどころか今後のことを考えると、登録しない方が大きなデメリットとなりえます。なにより、ヤスタケの身を案ずるなら何が最適な選択か、賢いあなたなら気付いているはずです」


「……くっ」


 チャイは苦虫をみ潰したような顔をして口ごもった。


 説明された内容に対して何も言い返せないというのもあるだろうけど、俺の身を案ずるなら云々という点に関しては、完全に痛いところを衝かれたといった感じだ。



 確かにチャイが言うように、信用し切れていない相手に自分の命を預けることが出来ないという気持ちは俺にも分かる。


 だけど俺たちが置かれている状況を考えれば、ティナさんを信じて、彼女の示す道に従う以外に最適解があるとも思えない。


 もちろん、戦いを回避できる選択肢があるならそれが最高なんだろうけど、それが不可能であるなら『夢幻魔むげんまと戦う場合』に最適な選択は何なのかを考えなければならない。


 その答えこそ、チャイやショーマも個人識別登録を済ませてラプラスターの力を最大限に引き出してやるということなんだ。



(つづく……)

 

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