第9章・激震 #1

 守屋に「大佐」と呼ばれて倉持は心底嫌な顔をした。

「その呼び方はやめろと言ったろう」

「じゃあ連隊長とお呼びした方が?」

「俺はもう上官じゃない。そういう呼び方はやめてくれ」

 ふふ、と守屋はジープの助手席で笑った。

 胸ポケットからタバコを取り出すと、咥えて火をつける。

 それを見て倉持は眉間を寄せると無言で窓を開けた。

「昨日来た連中。何もせずに帰っていきましたね」

「……」

「四駆が突っ込んできたのは驚いたけど……まさか、あなたの差し金じゃないですよね?」

 倉持は答えず窓の外を見た。


 林道の中を走る未舗装の一本道。

 本線からは外れているので、余程の事がなければここまで立ち入る車はない。

 周囲は鬱蒼とした雑木林だが、ずっと先には別荘地がある。

 新緑の季節を迎え、これからは観光客や避暑を求めて訪れる人も増えてくるだろう。

 そんな、のどかな空気を感じながら、2人は車内でしばらくじっとしていた。


「調査会社の人間だと伺ってますが、本当ですか?」

「……」

「あの威勢のいい女記者が雇ったんですかね」

「自分の兄を探しているんだろう。見つけるまで諦めないさ」

天守あの女も、とんだ男に目を付けたもんだ。今回の男といい、面倒くさそうなヤツばかり選びやがる」

 倉持は苦笑した。

 それを見て、守屋がタバコを深く吸い込み、大きく吐き出す。

 窓の外に紫煙を吐き出しながら、呟くように言った。


「……そろそろ、じゃないですか?」


 その言葉に倉持は視線を向けた。

「こんな事いつまでも続けていられない。怪しんでる住民を抑えるのも限界が来てる。世間の目が向けられる前に、行動を」

「考え直す気はないか?」

 ふいに聞かれて守屋は一瞬驚いたが、黙って首を振ると、言った。

「今更ですよ」

 倉持はじっと守屋の目を見た。

 あの頃から変わらない、感情のない目。どんな命令でも決して逆らわないが、それは言い換えれば、「殺せ」と言われれば逆らう事なく実行する非情さも意味している。


 そんな連中を、自分たちは育ててきた――


「国の捨て駒にはならない……俺たちはを守るために戦う」

 守屋はそう言うと、タバコをサイドミラーに押し付けて火を消した。

「目を覚ましてやる」




 松下からの着信に、野崎は慌てて席を立った。

「お疲れ様です」

 仕事の振りをしながら、部屋を出て行こうとして白石を振り返り目で呼ぶ。

 その様子に、白石もさり気なく立ち上がって後を追った。


『分かったことだけ伝える。写真の男は守屋憲一もりやけんいち。42歳。元陸自の自衛官で7年前に辞めている』

「やっぱり自衛官でしたか……」

 その言葉に、白石も頷く。


『面白いのは倉持と同じ部隊に所属していたことだ。だな』

「繋がってましたね……辞めた理由は何でしょうか?」

『懲戒免職だよ。駐屯地内で暴力事件を起こしてた。調書も残ってる。当時の同僚に怪我をさせているな。結果論だが、その後その暴行を受けた同僚は亡くなってるよ――自殺みたいだ』

「自殺……」

 野崎は呟いた。

『それと――』

 電話の向こうで、松下が少し声のトーンを落として言った。


『例の骨だけど……人骨であることは間違いなさそうだ。失踪者のDNA鑑定が出来るかどうかは分からないが、向こうの県警に報告したら、近々立ち入りすると連絡があった』

「そうですか」

 野崎は言って白石を見る。

『お前たちはそろそろ手を引いた方がいいい。ここから先は向こうに任せろ。他県の所轄が近くにいたら面倒なことになるからな』

「分かりました」

 そう言って野崎は礼を言うと通話を切った。


「ヤバそう?」

 白石の問いに野崎は頷いた。

「かなりな。アレは人骨だったらしいよ。ガサ入るってさ」

 俺たちの調もここまでだな……そう言って苦笑する野崎に、白石は言った。

「そうか。でも骨を処分されたらどうすんだよ」

「それでもいいのさ。ガサ入れの口実にはなる。あの牛刀も調べたら血液反応出そうだしな。あの部屋も」

 あの中で凶行に及んだら、拭いたくらいでは消えない血液反応がワンサカ出てきそうな気がした。

「同じような部屋が幾つもあったろう?部屋と男を変えて事に及んでるんじゃないか?」

「狂気の館だな……何が環境に優しい団体だよ――破廉恥ハレンチ極まりない連中じゃないか」と白石は憤り、野崎を見た。

「あの女、鬼婆かと思ったぜ。髪振り乱して包丁振り上げて」

「思ったほど若くはなさそうだった……俺よりもずっと年上に感じたよ。【義堂一華】なんて本名かどうかも怪しいな」

 まぁそれは、向こうの県警が調べてくれるだろう……野崎はそう呟いて、再び鳴り出した自分のスマホ画面を見た。


「宇佐美からメールだ……ブログを見ろって?」

 貼られているURLをタップする。

 すると、江口和真のブログが開いた。

「これって、あの子のお兄さんが運営しているサイトだよな?」

「これ……更新が今日の日付になってる!」

「え⁉」

 2人が驚いていると、野崎のスマホに宇佐美からの着信が入った。


『野崎さん、ブログ見ましたか?』


 開口一番にそう言ってきた宇佐美は、少し興奮していた。

「あぁ、今見たよ。これどういう事?」

『分かりません。さっき江口さんから電話があって、お兄さんのブログが更新されてるって』

「本人なのか?」

『さぁ……それはまだ分からないみたいです。何度もDM送ってるけど、返信はないようだし――でも、これってどういうことでしょうか?』

「俺もまだ、内容を詳しく見てなくて」

 白石は自分のスマホでブログを検索すると、目の前に提示して見せた。

 その内容に野崎は目を通した。


「これは……」

 スクロールする自分の指先が震えるのが分かる。

『この内容って――相当ヤバくないですか?男漁りどころじゃないですよ。あそこで、しようとしてるんでしょうか?』

 困惑している宇佐美の声を聞きながら、野崎と白石もブログの内容を食い入るように見つめる。


 そこには、スマホで隠し撮りをしたような写真が幾つも上げられていた。

 連れてこられた男たち。

 白装束の女。屋敷の裏手から、そっと運び出される毛布にくるまれた何か――その形状は人のようにも見える。

 そして、気になるのは倉庫内に運び込むケースの様な物。あの3人の若い男たちと、守屋も一緒に映っていた。運び込まれているケースが何なのか……ブログの記事では、それが弾薬だと書かれていた。製造番号も記載されている。

「このケース。俺が見た時も、こんなケースを運んでた。まさか自衛隊の装備品か?」

「分からない……」



 野崎は得体のしれない焦燥感に駆られて、ブログの画面をじっと見つめた。


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