第9章・激震 #2
「マスコミが動くかもしれない」
野崎の危惧した通り、ブログの記事を見た一部界隈が騒ぎ始め、それに気づいたマスコミ各社が一斉に享愛の里へ突撃を開始した。
『今、電車で裾野に向かってます』
宇佐美と通話しながら、野崎は言った。
「県警が立ち入り捜査をすることになってる。今は下手に近づかない方がいい。江口さんが無茶しない様に見張ってて」
『お兄さんと連絡を取ることに専念してもらってます。裾野駅で合流するつもりだけど』
「俺たちも勤務終えたら出来るだけ急いでそっちに行くから、それまでなんとか彼女を抑えててくれ」
『頑張ってはみるけど――そうだ。彼女が直近で入ってきた住民について教えてくれました。3人とも元陸上自衛隊の隊員じゃないかって』
「やっぱりそうか……」
テレビのワイドショーでは享愛の里が取り上げられていた。
周辺住民の噂に上ることはあっても、その存在が注目されることはほとんどなかった集団に、今初めて気が付いた――とでもいう様に、マスコミたちが取材合戦を始める。
「臭い物に群がるハエみたいだな」
その様子を見て白石が苦笑する。
「もし、あのブログを更新したのが江口和真本人なら、狙いはこれかな?」
野崎の呟きに白石は言った。
「マスコミの注目を集めて立ち入り捜査をさせるため?確かに、思惑通りにはなるだろうな」
「あの弾薬ケース。製造番号を調べたら陸自で管理している弾薬ケースと同型らしい。中身が本物か分からないけど、それをあの施設に運び込んでる人間が元自衛官っていうのが気になる」
「人目を忍んでる理由が分かったな。あれは違法な横流しか。あるいは……」
「もしそれを倉持も知っていたら、奴が俺たちをあの中に招き入れた理由はこれだったのかも――」
野崎はそう言って、じっとテレビ画面を見た。
「『あそこで何が行われているか見に来い』……俺たちを中に引き入れて、全てを晒す覚悟を決めたのかもしれない」
「ブログの更新は倉持かもしれないってことか?奴が仲間を裏切ったってこと?」
白石の問いに、野崎は言った。
「さぁ。そこまでは分からない――けど、これだけマスコミが騒ぎ始めたら、もうごまかしは通用しないだろう。
2人はじっとテレビ画面を見つめた。
「もう逃げられないよ」
――その日の夜。
裾野市内で宇佐美、美波と合流した野崎と白石は、ホテルのラウンジで話をした。
「県警が明日、享愛の里に強制捜査に入るって。さっき義兄から連絡があった」
「早いですね。マスコミが動いて慌てたのかな?」
持ち帰った骨に関する詳細は事前にメールで聞いていたので、宇佐美は心配そうに美波の方へ目をやる。
美波は、3人から少し離れたテーブルに座って、じっとスマホを見つめている。
骨についての話はしていないが、兄のブログが更新された事実に、まだ困惑しているようだった。
「まだお兄さんと連絡つかないの?」
「ええ……ブログの更新が、お兄さん本人だとはまだ半信半疑みたいです」
「本人なら生きてる証拠になるけどな」
白石もそう言って心配そうに美波を見た。
「記事の内容はともかく、写真も撮ってる。監禁されてる状態で本人がやったのなら、多少の自由はあったはず」
そう言って、野崎も美波の方を見た。
「なのにこの2年間、姿も見せず外部とは一切連絡せず、妹にも音信不通――彼が1人でやったとは思えない。もし本人なら内部に協力者がいるはずだ。そいつが代わりにブログに上げたのかも」
「手を貸したのは倉持?」
「さぁ……」
野崎はそう言って首を傾げた。
「俺にはあの男の真意がよく分からない」
野崎はそう言うと、スマホで見ている和真のブログに目を通す。
その記事をスクロールしながら野崎は言った。
「今まで書き溜めていた物を、ここで一気に解放してる感じだ。
「人骨とブログの告発で信ぴょう性は間違いなく高まったよな。実際、県警の動きも早かった」
白石の言葉に、野崎は視線を上げて美波を見た。
美波はこちらの会話に加わろうともせず、じっと俯いている。
会話に加われば、儚い希望が消えてしまう――そう思っているのかもしれない。
もしかしたら、兄はもう……と。
「気丈にふるまってても、不安で仕方ないんだろう。傍についててあげなよ」
野崎はそう言って宇佐美を見た。
生きている兄と再会できればいいが。最悪の場合、違う形で再会することもあり得る。
明日の強制捜査次第では、それがハッキリするのだ。
宇佐美は静かに立ち上がると、1人でいる美波の隣に座った。
それに気づいて美波は小さく笑うと、その肩にもたれかかる。
肩を抱き寄せて寄り添う2人の姿を、じっと見つめる野崎に――白石はため息をついた。
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