第8章・蜂と蟻 #5
4人は次の決行までに情報収集をするため、一度別れた。
「何か分かったら、都度連絡を取り合いましょう」
美波はそれを聞くと、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「ここまで本気になって動いてくれる人がいなくて、ずっと不安だったけど……でも今は本当に心強いわ。ありがとうございます」
野崎と白石は肩を竦めて笑ったが、宇佐美は何故か浮かない顔をしていた。
3人はそのまま美波と別れて部屋を出ると、白石の運転で帰途に就いた。
途中、あの道の駅に寄ってみる。だがすでに営業は終わっていた。
「本日は終了みたいだ」
「営業時間は10時から16時までになってるね」
「あの男からも話を聞きたいな」
野崎はそう言って宗田の顔を思い浮かべた。
嘘をついたのは、何かを隠しているからだ。
(あの男は何かを知っている――)
3人はそのまま高速に乗ると、途中のサービスエリアに立ち寄った。軽く夕食をとった後、車に戻ると野崎はずっと気になっていたことを聞いた。
「なぁ宇佐美。本当は何があった?」
「……」
宇佐美は2人の視線を受けて俯いた。そして、無言の圧に促されるようにポケットからハンカチを取り出す。
車内灯を付けると、2人の前で宇佐美はそれを開いて見せた。
「これ、なんだと思いますか?」
野崎はハンカチごと受け取って掌に置いた。黒い石膏のようにも見えるが、不思議な重量感があった。
「祭壇みたいな物があって、そこに骨壺が並べてありました」
「骨壺⁉じゃあこれ……まさか」
運転席から白石がギョッとしたように目を剥いた。
「全部で8個あった。あの黒い影は、もしかしたら彼らの思念の塊だったのかも」
「あのコミュニティ内で死んだ人間の骨か?」
野崎はそう言いながら、掌のそれを至近距離でじっと眺める。
「まさか、届け出もなく勝手に焼いて処分したんじゃないだろうな……」
白石の言葉に、野崎は唸った。そして、宇佐美を見ると、言った。
「これがあるから彼女の前で言えなかったのか……」
「あの中に彼女のお兄さんがいるかもしれないって思ったら……言えるわけないよ」
「まぁな……」
3人はしばらく黙っていた。
「事の最中に殺された人間の骨かもな――」
野崎の言葉に白石がゾッとした様に身を震わせる。
「あの女はヤバいぜ……イカレてる。俺が駆けつけなきゃ、お前殺されてたぞ」
野崎は険しい表情を浮かべた。
「あの女ならやりかねないな。感情に任せて牛刀で滅多打ちだ」
「その中に……江口さんのお兄さんが?」
不安そうな顔をする宇佐美に、野崎は「三上さんは生きてた」と言った。
「あの時点では、だけど。だから全員殺されたとは限らない」
そう言った後、何か気になる様にじっと掌の黒い欠片を見つめていた。
「俺にはさぁ……あのコミュニティの中に、2種類の生き物がいるように感じるんだ」
「2種類?」
白石と宇佐美が首を傾げる。
「女王蜂と働き蜂、それともう1種類――軍隊蟻」
「軍隊蟻――」
「元陸上自衛官っていうのがそう思わせるのかもしれないけど、彼らはハチよりもアリのイメージだ。黙々と隊列を成して歩く」
女王蜂を尻目に、ただ任務遂行のためにひたすら歩き続ける。
音もなく、静かに忍び寄り、確実に獲物に襲い掛かるまで。
倉持や、あの若い男達。それに『大佐』と呼びかけていた男も含め、彼らが天守の為にせっせと男を集めたり、後始末をしたりしているようには思えない。
そんなくだらない茶番に、付き合うような連中には見えないのだ。
「働き蜂ってメスなんですよね」
宇佐美がポツリと呟いた。
「蜂の世界じゃ、オスはただ繁殖の為だけに存在してて、用が済んだら死ぬだけ」
「俺……人間のオスでよかった……」
白石がそう呟く。
「もしかしたら、倉持はただの用心棒としてその場にいただけで、率先して動いていたのは女の方だったのかもな。あの白装束の女たちが働き蜂だ」
野崎はそう言うと、ハンカチを包み直した。
「これ、
「だな……」
白石は車内灯を消すと、シートベルトをした。
「でも、彼女にはなんて?」
「どのみち、真実を知りたければ正直に言わなきゃだろう?こっちの素性も、事の経緯も」
「……」
宇佐美は黙り込んだ。
「真実を知れば傷つくかも知れないけど、彼女はジャーナリストだ。ある程度――」
覚悟は出来てるんじゃないかな……そう言われて宇佐美は唇を噛んだ。
項垂れる宇佐美をミラー越しに見て、白石が言う。
「ウサギちゃん。彼女の事、好きなんでしょう?」
「――」
「宇佐美の口から言いづらければ、俺たちから言うよ」
隣に座る宇佐美の目を、野崎はじっと見つめた。
網膜を通して、何かを見る様な目――
いつもは射貫くように鋭く感じるその眼差しも、今は弱い光を宿して揺れている。
「……いえ」
宇佐美は囁くように言った。
「俺から言います」
その言葉に野崎は小さく頷いて、そっと肩に手を置く。
――好きな女の前では、案外男らしくてシッカリするんだな――
そんな声が聞こえて来て宇佐美は一瞬野崎を睨んだが……
不思議と怒る気にはなれず苦笑すると、「余計なお世話だよ」と小さく呟いて野崎の肩にもたれかかった。
体を預けられて野崎は驚いたが、目を閉じてじっとしている宇佐美に、いつしか自分も睡魔に襲われる。
リアシートで寄り添いながら眠る2人を見て、白石はボソッと呟いた。
「誰か、俺にもいい男、連れて来てくれないかなぁ……」
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