第8章・蜂と蟻 #4
4人はひとまず、美波の宿泊するホテルの部屋に入った。
「それにしても驚いたよ。まさか四駆で突っ込んでくるとは思わなかったな」
白石にそう言われて、美波は口を尖らせた。
「だって!宇佐美さんに『助けて』って言われて—―110番で警察待つより、自分で突っ込んだ方が早いと思ったから」
「ミサイルみたい人だなぁ」
白石が苦笑する。
「もしくはイノシシだ」
宇佐美にそう言われて、美波は膨れた。
「助けてあげたのに、その言い方はないんじゃない⁉イノシシってなによ」
「猪突猛進だろう?」
宇佐美の腕を、美波は思い切りはたいた。
その様子を微笑まし気に見ていた野崎は、「でも助かったよ、ありがとう」と言った。
「気分はどう?」
心配そうに聞く宇佐美に、野崎は言った。
「だいぶ抜けてきたよ。でも、これと同じものを江口さんの友人が使われたとしたら、事故を起こすのも頷ける……あんな状態じゃまともに運転できないよ」
「……やっぱり、彼はあそこから逃げてきたのね」
「たぶんね――」
野崎はそう言うと、椅子に深く腰掛けて両腕を組んだ。
「倉持が俺たちに見せたかったものって、これだったのかな?」
「薬を使って男と関係を持ってる事?――確かに、環境に優しいコミュニティからは想像もつかない乱れっぷりだけど」
「身を持って体験して判断しろってことかしら?」
「婚活パーティーで獲物を集めて、薬漬けにして、夜ごと天守の相手をさせる……働き蜂と女王蜂の見事な連係プレイだな」
白石の台詞に野崎たちは笑った。
「連れてきた獲物はどこかに監禁してるのか。その上、牛刀振り上げて襲い掛かるわ……罪状挙げたらキリがなさそうだな」
「……」
野崎の呟きを、宇佐美はどこか神妙な面持ちで聞いていた。
「そういや白石。お前トイレ行くって言ってたけど――どこまで行ってたんだよ」
「どこまでって……廊下の先にトイレあったろ?」
「え?」
野崎と宇佐美は顔を合わせた。
「用済まして部屋戻ったら、お前らいないし――探したんだぞ」
「こっちだって、お前を追いかけてトイレ探して」
2人がヤイヤイ言いだすのを白石は両手で制すると、「まぁまぁそれはもう置いといて」と言った。
「そんなことより、気になるものを見たんだ」
白石はそう言うと自分のスマホを取り出した。
「こんなこともあろうかと、スマホをもう1台隠し持ってて正解だった――お前ら探して屋敷ウロウロしてたらさ、勝手口が開いてて。外に出てみたんだ。そしたら――」
隠し撮りした写真を数枚見せて、白石は言った。
「あの備蓄倉庫らしき建物の裏側に出て、そこに男が2人いた。薄暗くってよく見えなかったけど、何か積み荷の様な物を倉庫の中に運んでた」
野崎は画像を見た。
光源が足りないので顔はよく分からないが、1人はあの時見た3人の若者のうちの1人に見えた。もう1人は年上のようだが、雰囲気がよく似ているので恐らくこいつも元自衛官ではないかという気がした。
「何を運んでいるんだろう?」
「人目を忍んでる感じがしたよ。気づかれそうで慌てて身を隠したけど……こんな裏口から搬入するって、単なる備蓄物じゃないんじゃないか?」
「失踪者がこの中に監禁されてるなら、彼らの食糧じゃないかしら?他に人の姿は無かったですか?」
美波に聞かれて白石は首を振った。
「この2人だけで、他にはいなかった。あ、でも!」
そう言うと、思い出したように白石は言った。
「俺がいる所からは扉が邪魔で見えなかったけど、中にもう1人いたと思う。こっちの目上の方が扉の向こうにいる人に向かって『大佐』って呼んでた気がする」
「大佐……」
野崎は画像を拡大してみた。
かなり荒いが、解析に掛けたらもう少し鮮明になるかもしれない……
「ウサギちゃんはどこ行ってたの?」
「え?」
そう聞かれて、宇佐美は弾かれたように視線を向けた。
美波が心配そうに自分を見ている。宇佐美は、無意識にズボンの右ポケットにそっと手を触れた。
「あぁ……俺は」
少し戸惑いながら、照れたように頭を掻くと、「迷子になってました」と苦笑いを浮かべた。
「あんな所で⁉」
「すみません……役に立てなくて」
申し訳ないと頭を下げる宇佐美に、白石は笑い、美波は何故かホッとした様に微笑んだ。
が、野崎はその様子を無言で見つめると、さり気なく視線を寄越す宇佐美に微かに頷いてみせた。
「色々確認したいことがあるな。次の訪問をする前に、可能な範囲で調べて欲しいことがあるんですが」
野崎はそう言うと美波を見た。
「ここ5年、もしくは2、3年でも構いません。あのコミュニティに新規で入った住民の事、調べてもらう事って出来ますか?」
「やってみるわ。兄が調べ始めた頃の情報で良ければ、多少は分かると思いますけど……」
美波はそう言うと、ファイルを開いて野崎に見せた。
「兄は出入りをしている住民の写真を、何枚か撮っています」
野崎はファイルを受け取ると、隠し撮りしたらしい住民の写真を見た。
その中に倉持の姿はなかった。人目に付かない様に生活をしていたのだろうか…
3人の若者の姿もない。
「おい、この男」
白石が指さす人物に、野崎も目を止めた。
「……似てるな」
白石が撮った写真の男に雰囲気が似ている。背はそれほど高くはなさそうだが、鍛えた体つきをしている。短く刈り込んだ髪に鋭い目。画像はこっちの方がずっと鮮明だった。
誰かに向かって『大佐』と呼んだ男――
「この写真。少しお借りしてもいいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
野崎は礼を言うと写真を手帳に挟んだ。
「急いで乗り込まなくて大丈夫ですか?調べられても平気みたいな事いってたけど」
「あの施設は過去にも数回立ち入り捜査をされてるのは本当みたいです。よっぽど自信があるんでしょうね。証拠がなければ踏み込んでも同じことだと思いますから、外堀を固めていきましょう」
「今回は俺たちが行くこと知ってて招き入れたから、準備はしてたはずだよ。次に行くなら不意打ちの方がいい」
白石の言葉に、野崎も宇佐美も頷いた。
「次は江口さんを先頭に、特攻かけにいきましょう」
「イノシシみたいにね」
美波はプゥっと膨れると、無言で宇佐美の肩を叩いた。
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